子どもはいないけど、2歳年上の男性と結婚してそれなりの家に住んでいる。傍から見れば何の問題もないのだけど、言葉にできないもやもやした気持ちが渦巻いていて、自分には価値がないと思わない日はない。電子雑誌「ハツキス」で連載(「Kiss」7月号より移籍連載)の『サギ、欲情に鳴く』の主人公・田川りつかは、代わり映えのしない日常で、いまだ少女のように自分を探し続けています。そんな中、ある男子高校生との出会いから、少しずつ人生が変わっていきます。

『サギ、欲情に鳴く』(1)奈良原せつ

弁当店でパートとして働いている、来月38歳を迎える田川りつか。女子大生と一緒に働いていますが、仕事をきちんとこなさない彼女に注意したところ、「ウチらの若さと輝かしい未来にシットしてんのよ!」と陰で悪口を言われる始末。家に帰ると、2歳年上の夫・さとくんの夕飯作り。子どもはいないけど、それなりの家に住んでいて、人から見ればそこそこいい暮らしをしているはずなのですが、りつかは常に浮かない表情をしています。

 

陰口を叩く女子大生と一緒に働いている弁当屋で、自分が必要とされている実感が得られないりつかは、別の仕事を探してみたいと夫に言ってみます。ところが、夫はりつかが高卒でまともに就職をしたことがなく、パートを繰り返している現状を指摘した上で、本当に世間に必要とされている人間なんてほとんどいないけど、それが社会というもので悪いことでもなんでもないとバッサリ。トドメを刺すように、「結局は最後にその人間を必要としてくれるのは家族だけなんだから」と言い残して席を立ってしまいました。

 

他人から見れば、ちゃんと稼ぐ夫がいて、「妻である自分を必要としてくれている」というように受け取れないこともありませんが、りつかが言葉にできないもどかしさを感じるのも無理はないですし、やり場のない感情を職場の若い子にぶつけていることだって自覚しています。「自分には価値がない」ということに締め付けられるような状態から抜け出せずにいるのです。

 

りつかが働く弁当屋には、毎週火曜日にからあげをおかずだけ買いに来る男子高校生がいました。女子大生が「また来たよ」「なんか変な人っぽいすねー」と陰でからかっているのを横目で見ていたりつか。仕事帰りに河原のベンチで缶ビールを飲みながら通りすがりの人を眺め、からあげだけを買って陰で店員に笑われる男子高校生は私より不幸だろうか? 買い物袋を持って歩く、年配の太った女性は独り身で誰もいない家に帰るのだろうか? と、無意識のうちに自分より不幸そうな人がいないか探しています。それと同時に、そんなことをしてしまう自分の心根を「みにくい」とも感じています。

ふと、河原の岩に降り立っていた一羽のサギの視線に気づくりつか。最近、この住宅街ではサギの被害が増えてきており、この川に多くのサギが集まってきていたのでした。

 

まるでサギに心の中を見透かされているかのような気がしたりつかですが、突然そのサギに向かって枝が投げられ、「ギー」と鳴きながら飛び去ってしまいました。枝を投げたのは橋の上にいた男子小学生。あの火曜日のからあげ男子高校生がその瞬間に居合わせ、「とりぽんをいじめるな!」と大声を上げて小学生に立ち向かっていきます。しかし、逆に鳥にあだ名を付けていることをからかわれて反撃され、挙げ句、小学生にリュックを奪われて川に投げ捨てられてしまいます。そのことに気づいたりつかは「なにやってんのよあんたたち!」と叫び、小学生たちは逃げていきました。

川の中からリュックを拾い出し、ずぶ濡れになった男子高校生はりつかに助けてくれた礼を言います。彼いわく、サギは友達で、「とりぽんはですね…っ と とってもおりこうでして… ぼくの心の中がわかるんですよ だから隠し事も出来ないけど!」とのこと。さきほど自分をじっと見つめていたサギの姿がりつかの頭の中を一瞬よぎります。

制服が濡れてしまった彼に、自分が着ていたパーカーを貸したりつかですが、夜になって、河原での出来事をふと思い出します。小学生にからかわれてリュックを投げ捨てられ、サギに名前を付けて友達と言っている彼のことを「あんなんで、この先年をとって男性としてまともに生きていけるのかな」といつもの癖で人を自分よりも不幸そうと勝手に想像するりつか。その瞬間、サギが急に集まってきて、「ギー」「ギー」と鳴き叫びます。まるでりつかを責め立てるように。

 

このようにして、りつかは男子高校生と接点を持つことになるのですが、ストーリーの随所に登場するサギの存在感たるや! 「なぜサギ?」と不思議に思う人もいるかもしれません。サギは主に田んぼなどで見られる野鳥で、コウノトリやツルに似ています。田んぼや川を餌場として、天敵から身を守るためにコロニー(集団繁殖地)を形成するのですが、最近は里山が少なくなったことから住宅街にも集まってくるようになっています。りつかたちの住む街のように、鳴き声による騒音や、フンによる悪臭や汚れの被害に悩まされているところも少なくないようです。

害獣扱いされているサギですが、その名の由来は立ち姿の美しさから、“清らか”などを意味する“さやけき(さやけし)”から来た説が有力で、ネイティブアメリカンの世界では、アオサギは自己実現を象徴する聖なる鳥とされているそうです。りつかの街に、いつの間にか増えていくサギは不気味ではありますが、自分の価値を見つめ直し、自分の足で前向きに人生を歩むための象徴的存在でもあるのかもしれません。登場人物も、自分に価値がないと思い込むりつか、「頼りなさすぎて大丈夫?」とツッコミを入れたくなる男子高校生、りつかを大切にしているようでいて、実は屈折した考えの持ち主の夫など、少しずつ歪みがあって一癖も二癖もあります。一瞬、アラフォー女性と若い男の恋愛話と思いきや、サギが「ギー」「ギー」と不気味に鳴き叫ぶ中、静かに不穏さが増してくるという、かなりインパクトのある作品です。電子雑誌「ハツキス」で連載されていましたが、Kiss本誌への移籍も決定。いま、じわじわと来ている作品です。

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『サギ、欲情に鳴く』
奈良原せつ 講談社

田川りつかは30半ばをとうに過ぎても、いまだ少女のように自分を探し続けていた。子供はいないが一戸建てに住み安定した収入の夫もいる。他人から見れば大きな問題もない日々に見えるだろう。しかしりつかは自分に価値がないと思わない日はない。「最後に君を必要としてくれるのは家族だけ」という夫の言葉が呪文のように心に刻まれる。彼女の住む町はサギ被害に悩まされていた。そんなサギを友達だという高校生男子・平賀 要はりつかが働く総菜店に毎週火曜日にからあげを買いにくる常連だ。そんな彼とりつかは街中である事件がきっかけで出会う。これがりつかの運命を変える出会いだとは知らずに……。
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