──子どもの頃からやっていた、手作りのもののおすそ分けですね。生前最後のミモレのインタビューでは、まずお名前の由来を尋ねました。微笑みの“笑み”なんですね。

アヤコさん:だからか、ずっと笑顔も届けていました。
オンラインの講演でも、「検査のためにMRIに入ったらヘッドホンから讃美歌の『アメイジング・グレイス』が流れたので、私はこのまま死ぬのか?と思った」とか、「ステージ4の告知を受けたときには『情熱大陸』のテーマソングが頭の中で鳴り響いた」とか、前向きなエピソードに変えて本当に笑わせてくれました。

ゑみさんが亡くなる直前に、自身の生き方や闘病について語った講演会。
動画はYouTubeにて無料で視聴可能になっており、ゑみさんのポジティブなメッセージがたくさんの人に届けられている。 前編はこちら 後編はこちら

リエさん:彼女が亡くなる前日にも、私たちはZoomで話したんです。
ゑみはICUから出ると決めた直後から、いつも通りきれいにお化粧をして、明るさもいつも通り。
そもそもICUに大きなメイクボックスを持ち込んだ人は病院史上ゑみが初めてだったそうです。

一緒に写真を撮ろうよということになったら、「それなら酸素マスクを外す」と言って、実際に外して、いつも通りの笑顔を見せてくれました。最後の最後まで、本当にきれいで明るい笑顔のままでした。

 

アヤコさん:入院中にドロンジョ様のシートパックをした写真を自撮りしてインスタにアップしたりしていたのも、自分のことを思って暗くならないでほしい、泣かないでほしい、思い出すときは笑顔になってほしいというゑみの心からの願いからだったのだと思います。

看護師さんも笑わせていたというマスクシート姿!

リエさん:高木家にしてみれば、末っ子のゑみがご両親よりもお兄さまよりも先に逝ってしまって、それにまだ8歳の息子も遺されて、辛くないはずがありません。
でも、悲しむことをゑみが望んでいない。ゑみは最後も笑っていた。本当にやりたいことをやって走り抜いた。だから、ご家族も誇りに思っていらっしゃる。

お母さまは「清々しい、満たされた気持ちだ」とおっしゃっていました。
なんて素敵なご家族なんだろうと思いました。

アヤコさん:ゑみのことを「あっぱれだ」ともおっしゃいましたよね。
ゑみの遺志を守って、ご家族はお通夜も告別式もしていません。ゑみは、みんなが喪服を着て悲しんでいる姿なんて嫌だったんです。

ちょうどゑみが旅立ったのはサクラの季節でした。だから火葬場には、息子さんも含めてご家族がサクラ色の服を着て行ったそうです。
そしてゑみ自身が最後までご家族に向かってガッツポーズをして、「自分は大丈夫よ、ありがとう」と伝えていたのを真似て、火葬されるゑみに向かって、「よくやったね、ありがとう」とみんなでガッツポーズをして見送ったと聞きました。

ゑみは病気になって一度も「ごめんね」とご家族に言ったことがないそうです。
癌になられた方の多くは、自分は何も悪くないのに周りに謝ってしまうことがあるそうですが、ゑみは一度も言わなかった。
息子さんに、ご家族に、「ごめんね」という言葉でネガティブな感情を残したくない、そんな想いが伝わったからこそ、みんなずっと明るくいられたんです。

だから私たちは、ゑみが死んでしまったことは本当に悲しいけれど、「献杯」はゑみには似合わない。ご家族にならって、お骨の前にはゑみが好きだったプレミアムモルツの缶を置いて、みんなでゑみに向かって乾杯しました。

リエさん:本当に寂しいし、ゑみにはまた講演会を開いて笑いを振りまいてほしかったし、グラノーラも作り続けてほしかった。
せめて私たちにできることとして、ゑみの活動をアーカイブに残したり、お母さまが引き継いでいるレシピで、「ほほゑみグラノーラ」をたくさんの人にお届けできればと思っています。

アヤコさん:これからゑみの人生の第二章が始まるんだと思っています。
リエと二人で話したんですが、ゑみって本当に迷いがなくて、考えも真っ直ぐでクリアだったから、「ゑみだったらこう思うよね、こうしたいよね」というのは私たちにも手に取るように分かるんですよ。

リエさん:今は間違いなく私たちに向かって、「私が天国に旅立ったことも前向きなエピソードとして、たくさんの人の糧にしてね」と言っていますよ。「笑顔でね」って。

例年より早く満開になったサクラの花吹雪が、火葬に向かうゑみさんを見送りました。ゑみさんは亡くなる直前までサクラを愛でていたそうです。
アヤコさんはゑみさんから最後のメッセージを託されていました。

笑顔を忘れずに
愛をたくさん注いで
前向きに!!!
どんなときも
私はみてるよ!
応援してるよ!

『高木ゑみさんオフィシャルサイト』はこちら>>

 
高木ゑみさんのこれまでの活動はHPにアーカイブとして残されています。
また今も追悼メッセージを書き込むこともできます。
ぜひご覧ください。
取材・文/こみねあつこ
構成/片岡千晶(編集部)

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