在宅死で最優先すべきは「当事者」の「どうしたいか」

 

わたしが研修医だった時代には、どんな人にも最期まで点滴するのが当然とされていました。しかし現在では、逆に患者さんを苦しめる行為になるため、死期が迫ったら点滴はしないというのが、医学的にも正しい措置になっています。身体がもう栄養や水分を必要としていない段階では、自然の摂理にしたがって何もしないほうが、穏やかな最期を迎えられるからです。

 

けれども看取りの経験がない方にとっては、自然に任せて何もしないという措置が、見殺しにされているように見えてしまうかもしれません。

ただ、たとえ経験がなくても、日々患者さんをともに介護し、ケアの日常を見ている当事者のご家族たちは、それを「見殺し」と思うことはありません。しかし普段の状況を知らない部外者が介入すると、こうした繊細なケアの理解が得られず、ぶち壊しになってしまうことがあるのです。とはいえ、部外者といっても無関係な人ではありませんから、締め出してしまうのではなく、できるだけ事前に説得して理解を得ておけるとよいと思います。誰が何を言ってこようと、優先すべきはご本人と当事者であるご家族。そのことを忘れないようにしてください。

ご自分らしい最期を迎えるには、お金の心配よりも、むしろ本当に自分がどうしたいか、という点をしっかり意思表示しておくことのほうが重要です。ご本人が「ひとりがいい」と言うなら、家族は「もうあれこれ口を出さずに支えよう」と腹をくくるのも、ひとつの立派な決断だと思います。

さまざまな不自由さと自由を天秤に掛けて、ご本人もご家族も「どうしたいか」「どうしてほしいか」を意思表示して、互いの価値観を共有しながらそのときに自分ができることを考えていく――。お金の心配をするよりも、そうした意思決定に注力するほうが、よりスムーズに納得のいく最期につながるはずです。

著者プロフィール
中村明澄さん:
在宅医療専門医・家庭医療専門医・緩和医療認定医。2000年東京女子医科大学卒業。国立病院機構東京医療センター総合内科、筑波大学附属病院総合診療科を経て、2012年8月より千葉市の在宅医療を担う向日葵ホームクリニックを継承。2017年11月より千葉県八千代市に移転し「向日葵クリニック」として新規開業。訪問看護ステーション「向日葵ナースステーション」・緩和ケアの専門施設「メディカルホームKuKuRu」を併設。緩和ケア・終末期医療に力をいれ、年間100人以上の患者の方の看取りに携わっている。病院、特別支援学校、高齢者の福祉施設などで、ミュージカルの上演をしているNPO法人キャトル・リーフも理事長として運営。本書が初の著書となる。

 

『「在宅死」という選択~納得できる最期のために』
著者:中村明澄 大和書房 1760円(税込)

800名もの看取りに立ち会ってきた在宅医療専門医の著者が、何人かの患者さんの在宅死の例を紹介しながら「後悔しない最期を迎える条件」を導き出します。さらに、在宅医の選び方、介護士との連携、緩和ケア、死後の始末など、安心して在宅死を迎えるために必要なノウハウも紹介。在宅死を希望する本人だけでなく、要介護者を抱える家族にも有益な情報が詰まった一冊です。



構成/さくま健太