育児をしながらも、仕事に復帰したい留美子。何不自由ない「理想の生活」で自慢の息子を育てるあすみ。元夫の借金を返すため必死に働くシングルマザー、加奈。ひとりの少年・石橋ユウ君が母親に殺される事件から始まる映画『明日の食卓』は、同じ「石橋ユウ」という名前の小学校5年生の息子を持つ3人の母親を主人公に、奮闘する彼女たちの息子への愛情と、それゆえの不安や孤独を描き出します。今回はその3人の母親たちを演じる、菅野美穂さん(石橋留美子)、尾野真千子さん(石橋あすみ)、高畑充希さん(石橋加奈)の対談をお届け。それぞれが演じた役を通じて考えた、母親の孤独と人生について、結婚について、そして「いいお母さん」についてを語っていただきました。

 


息を呑むシーンの連続、すさまじいまでの緊張感


映画『64-ロクヨン-前編/後編』『友罪』など社会派な人間ドラマで手腕を振るう瀬々 敬久(ぜぜ たかひさ)監督のもと、3つの家族のシーンは別々に撮影されたそう。それぞれが演じた母親についてお互いの印象を聞いてみるとーー。

高畑充希さん(以下、高畑):台本を読んだ時点で「すさまじそうだな」と想像はしていましたけど、実際の映画には息を呑むシーンがたくさんありました。それぞれに異なる雰囲気の緊張感がずーっと続いていて。瀬々組のパワーは底なしだなって(笑)。

菅野美穂さん(以下、菅野):とくにあすみ(尾野真千子さん)のパートは、演者としてはやりがいのあるパートだけど、笑いに転じてしまうほど大変な状況になりますよね。あすみさんは自分が思い描く理想がすごくはっきりあって、目の前の問題をきちんと解決するよりも、見なかったことにして先送りにし続ける。もしかしたら……と家族の異変に気づく瞬間はあったはずなんだけれど、「いやそんなことない。うちは理想の家庭」と思いこもうとした結果なのではという。

静岡にマイホームを建て、遠距離通勤の夫と優秀な息子、地元の名家の姑と、一見優雅な郊外暮らしをおくる専業主婦の石橋あすみ(尾野真千子さん)。(C)2021「明日の食卓」製作委員会

尾野真千子さん(以下、尾野):あすみって「もし自分だったら…」って考えられないほど、自分とは正反対なタイプなんです。ふと「あすみの母親はどこにいるんだろうな」とかは思いましたね。子供や家族の心配ごとがなにかあれば自分の母親に電話で相談くらいしそうなものだけど、ぜんぜんそういうのがない。父親だけが出てくるんですが、父親に対しても繕ってるし。

菅野:「あすみは幸せなんだな」って、まわりからも親からも思われたいんでしょうね。

尾野:外側が大事。だいぶ見栄っ張りです。

菅野:一方の加奈(高畑さんの役)は、ほんとうに子供のことを第一に考えていて、必死に働いて、母息子がお互いを思い合うがゆえに……っていう問題。でも「理想の親子ってこういうことだな」と思いました。お互いを思って、大切にして、自分ができることを頑張る。

大阪在住のシングルマザー石橋加奈(高畑充希さん)。パートの仕事を掛け持ちして家計を支え、働き詰めの毎日。(C)2021「明日の食卓」製作委員会

高畑:原作(『明日の食卓』/椰月美智子著)でも、加奈の扱いって、他の二つの家族と少し違うんですよね。でも撮影は本当に辛くて、ずーっと閉塞感を感じていました。ずっとお金がないし。お金ってやっぱり大切なんだなと思いました。

尾野:あすみにとっては、加奈のところが「理想の母子関係」だと思います。でも「なんでお金がないのにそんなに良い家庭なの?」って言いそう。お金の問題じゃないのに。逆に留美子(菅野さん)の家庭は、きっと今の時代の「働くお母さん」のリアルですよね。

菅野:途中で、ストレスを貯めた留美子さんが夫に「ある妄想」を抱くんですが、お仕事しながら子育てしているお母さんからは、自分も何回も考えたことある、と言われました(笑)。

二人の息子を育てるフリーライターの石橋留美子(菅野美穂さん)。長いブランクを経て復帰したライターの仕事にやり甲斐を感じる一方、カメラマンの夫は家庭に非協力で……。(C)2021「明日の食卓」製作委員会

尾野:ワンオペ育児の留美子さんの家も、家計の苦しい加奈の家も、どちらも問題はあるけど「子供を叱ることができる関係」が、あすみからしたら羨ましいと思います。
 

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