近づきすぎると傷つけ合う脳のジレンマ


そして、ムカつき、苛立ちを感じる相手は、何も遠くにいるとは限りません。

結婚相手、家族、親しい友人などなど……に対して、そんな気持ちになることのほうがむしろ多いかもしれないのです。たとえばこんな状況が考えられます。

 

自分は仕事が溜まっているのをそっちのけにして家事を必死で片づけているのに、夫はスマホを一日中いじって、何も家のことをやろうとしない。同じだけ稼いでいるのに、この不平等は何。それどころか、どうも若い女の子とやり取りしているようだ……これでイラッとしない女性はいないでしょう。もしかしたら病気ではないかとさえ疑われます。あるいはもはや夫のことを人間だとは思っておらず、対等に扱う努力はとっくの昔に放棄され、その存在はいずれ出さなければならない粗大ゴミとニアリーイコールである、と認識しているのかもしれません。

 

むしろ近くにいる存在のほうが、不公平感や、不条理性や、不平等な関係を意識させる可能性が高いと言えます。近くにいたいな、とかつて思ったこともあったような相手であっても、ネガティブな気持ちが煽られてしまいます。

人間の脳というのは、基本的には人間同士を近くにいさせたがるように作られています。そのことで助け合いをしやすくする、つまり互恵関係を築きやすいように仕向けられているのですが、一方で、近づきすぎると今度は傷つけ合うようにもセットされています。そういうジレンマが人間には内包されています。

複雑で、やっかいな仕組み。なぜ、私たちはこんなややこしい脳を持っているのでしょうか。もっと脳が単純にできていればいいのですが、これは、複雑に変化する環境に適応するために、相反するような思考や価値判断の基準を、同時にいくつも持つことができるよう、脳を大きくしてきたからこそのややこしさなのです。人間が70億を超えるほど個体数を増やし、世界中に住み着いて、繁栄しているのは、このややこしさのおかげでもあります。人間だけが持っている特徴であり、いわば、人間が生き延びるための武器でもあったのです。