わが子が自信喪失したときこそ真価が問われる

 

〈どうせ自分なんて病〉わたしが密かにこう名付けている中学受験生特有のことばがあります。

 

「わたしはバカだから同じクラスの○○さんには絶対にかなわない」
「志望校の過去問に取り組んでいるのですが、全然得点できないので志望校を変えたほうがいいですか」
「何やったって、ぼくは上手くいかないんです。もうどうでもよくなってきました」

小学校六年生が夏期講習会を終え、秋に入ると、毎年のようにこの種のネガティブなことばが聞かれるようになるのです。彼ら彼女たちに共通していること。意外に思われるかもしれませんが、夏は朝から晩まで受験勉強に懸命に励んできた「真面目な子」ばかりであるという点です。

自信を持って入試に臨めるはずの彼ら彼女たちは、なぜ〈どうせ自分なんて病〉に罹患してしまうのでしょう。それは、夏にこれだけがんばったのだから夏休み明けには好成績になっているはずだ、という「理想」と「現実」との乖離にぶつかってしまうからです。真面目な子であればあるほど、「なんでこの夏あんなにがんばったのに、合格ラインに全然届かないのだろう」と打ちのめされてしまうのです。〈どうせ自分なんて病〉が一過性のものならよいのですが、それが長引いてしまうと、子が本格的なスランプに陥ってしまうことがあります。ネガティブワードは呪いのことばです。そんなことばを発すれば発するほど自分の心がマイナス要素に支配されていき、自縄自縛に陥ってしまいます。中学入試直前期にわが子がこんなふうになってしまったら、保護者はどのような声をかけるでしょうか。

「本当に夏はちゃんと勉強したのでしょうね。どうしてあなたは結果が出せないの?」
「こんな成績じゃ志望校に合格できないでしょ!」

残念ながら、こんなことばをうっかり口にしてしまう保護者の話ばかり耳にするのです。これらの「手厳しいことば」は、ネガティブワードを発して呪縛に囚われてしまったわが子をさらに追い詰め、苦しませてしまう刃物と化すのです。

こういうときこそ、保護者が保護者であることの「真価」が問われるのですね。負の感情に支配されてしまったわが子が自信を取り戻し、難関の入試に挑む前向きさを獲得するために、保護者はどう子に接すればよいか……。キツいことばを投げかけそうになったら、そこは一歩立ち止まってみることが大切です。

「いますぐに結果を求めなくても平気だよ。あなたがちゃんと勉強しているのは十分分かっているから」

感情を押し殺した演技で構わないのです。わが子を救う温かなことばを投げ続けてください。もう一度繰り返します。わが子を追い詰める辛辣なことばを浴びせたところで、事態は悪くなる一方なのです。保護者もこの「悪循環」に嵌ってしまわないように気をつけたいものですね。
 

著者プロフィール
矢野耕平さん:
1973年、東京生まれ。中学受験指導スタジオキャンパス代表、国語専科 博耕房代表取締役。大手進学塾で13年間勤務の後、2007年にスタジオキャンパスを設立し、代表に。自らも塾講師として、これまで27年にわたり中学受験指導を行っている。主な著書に『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文春新書)、『旧名門校VS.新名門校』(SB新書)、『LINEで子どもがバカになる』(講談社+α新書)がある。

 

『令和の中学受験 保護者のための参考書』
著者:矢野耕平 講談社 990円(税込)

令和に入ってルールが激変し、親世代の「常識」が通用しなくなってしまった中学受験。中学受験専門塾で27年にわたって教鞭を執る著者が、現在の中学受験を取り巻く状況を紹介しつつ、受験に臨む子への接し方や親自身の心構え、さらには進学塾の選び方まで、あらゆる側面から中学受験の「合格の法則」を伝授します。



構成/さくま健太