明治期から生き続けている“キャッチアップ精神”


ではなぜ日本は、自国の学校教育に対してここまで批判的になってしまったのでしょうか? そこには「キャッチアップ精神」というものが大きく影響しているようです。

『日本は明治維新以降、西洋に追いつくことを目標にしてきました。このことは、たとえば福沢諭吉が明治期に著した『文明諭之概略』を思い出せばよくわかります。福澤はこの本の中で、欧米を文明状態にある国と位置づけ、日本をそれに対して劣ったものと位置づけています。そして、福澤は日本を欧米の水準に引き上げることを主張します。

このように、日本を欧米に対して劣位に置き、欧米の水準に引き上げようとする考え方を、ここでは「キャッチアップ精神」と呼びましょう。(一部略)

この「キャッチアップ精神」は明治期にだけにあったわけではなく、今もなお生き続けています。実際、戦後復興は明治的なキャッチアップ精神の上に展開しました。(一部略)

日本は戦争で、アメリカに完膚なきまでに叩きのめされました。ですから、戦争直後の日本では「日本はダメだ。アメリカから学ばなければならない」というのが基本前提となりました。つまり、敗戦によって日本は「キャッチアップ精神」を強化したのです。』

その「キャッチアップ精神」のもと、欧米からの“輸入品”として推進された教育政策がアクティブラーニング(生徒が受動的ではなく能動的に学ぶ学習法。具体的にはディスカッションやディベート、グループ・ワークなどを言う)です。しかしそこには、問題点もあるよう……。

『(一部略)キャッチアップ精神が生き続けているから、日本人はアメリカ人・イギリス人と比較して、能動性・自立性が欠けている(アクティブでない)と感じられるのです。そして、その欠落を埋めるために教育を変えれば、日本の子どもたちは創造的になり、最終的に日本の経済や社会が良くなると信じられているわけです。

この信仰がとても強いためか、アクティブラーニングはアメリカでは主に大学レベルの教育政策であるのに、日本では小学校から大学まで大々的に取り入れる方向に進んでいます。このようにアクティブラーニングは、元々の文脈から拡大されて輸入されているのです。

さらに悪いことには、日本はアクティブラーニングを輸入したことをすっかり忘れてしまっています。ですから、輸入元のアメリカでその後どうなったのか、調査も報道もされません。実は、輸入元のアメリカではアクティブラーニングはすでに下火で、今は「反転授業」という手法のほうが盛んです。これは、生徒があらかじめ教材を学んだのちに授業に参加し、教室ではより高度なディスカッションなどを行うというものです。

(一部略)日本の学校でも、2010年代から取り入れた事例がちらほら見られますから、日本が教育政策としてアクティブラーニングを導入して10年も経たないうちに、今度は反転授業を学校教育に大々的に導入しようとする動きが研究者たちから現れるかもしれません。その頃、アメリカでは反転授業はどうなっているでしょうか? もしかしたら落ち目になっているかもしれません。』

 

アメリカ模倣によって失われるかもしれない日本の良さとは?


しかしもはや、日本の教育はアメリカに比べて劣っているとは言えません。それでもなぜ、模倣を続けるのでしょうか? 私たちはその理由について考える必要がある、と著者は述べています。

『それでも、次のように言う方もいるかもしれません。「アメリカは経済が強い。アメリカの学校教育の良さは、その経済が証明済みだ」と。

(中略)

世界銀行の最新データセットによると、アメリカの国民1人当たりの国内総生産は、データが得られる187の国と地域のうち9位です。日本は30位です。アメリカ経済の強さについて、アメリカの学校教育がその主要因だとは思いませんが、まったく無関係ということもないでしょう』

 しかしこの「経済が強い」という主張も、観点を変えると一概に合っているとは言い切れなくなることを、著者は指摘しています。

『1人当たりの国内総生産は、1人当たりの生み出した富の総量ですから、国民1人が富を生み出す効率を評価しています。たしかに効率も大事ですが、得られた富が平等に配分されているかも重要です。そして平等性という観点からすると、日本はアメリカよりもかなり良いのです。
 
(中略)

アメリカは、データのある35の国と地域の中で、平等な方から数えて34番目です。つまり、2番目に不平等な国です。日本も平等な方から数えて22番目なので、決して平等とは言えませんが、それでもアメリカに比べるとかなり平等です。余談ですが、日本は、(一部略)1990年代にはかなり平等でしたから、この20余年でアメリカに近づいてきているとも言えます。

経済的側面だけでなく、より広く社会的側面を見てみると、アメリカが問題を抱えていることは明らかです。平均寿命、乳児死亡率、精神疾患、薬物・アルコール依存症、犯罪のいずれから見ても、日本はアメリカよりもずっと良い状態にあります。

(中略)

もしアメリカの学校教育に学ぶことで日本経済を活性化できると考えるならば、同時に、アメリカの学校教育に学ぶことで、日本の経済的平等や社会的安定性が著しく損なわれる可能性についても考えなくてはならないでしょう。(一部略)

誤解しないでいただきたいのですが、決して「アメリカから学ぶのが誤りである」と言っているのではありません。アメリカから学ぶべきことはきっとあります。それは、ぜひ学ぶべきです。私たちが言いたいのは、自分たちが何を学びたいのか、そして、それはどこの国から学べるのか、学ぶことでどのような作用と副作用がありうるのかを現実に即して考えようということ。そして、そういう現実的な側面を考えずに、アメリカをただ模倣するのは危険だということです。』

私たちは海外の教育から、どんな目的で何を学ぶべきか? 現在の日本の教育でいいところはどこか? 現場のデータから、今一度見極める必要があるように思います。

 

『日本の教育はダメじゃない ――国際比較データで問いなおす』
著者:小松光、ジェルミー・ラプリー ちくま書房 902円(税込)

「ゆとり教育の失敗」「いじめや不登校」……日本の教育への数々の批判は本当なのか? 気鋭の二人が国際比較データを駆使して教育問題に新たな視点を提供する。
 

文/山本奈緒子
構成/藤本容子

 

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