人は若々しい見た目に羨望を抱き、長生きを喜びますが、果たしてそれは正しいことなのでしょうか? なぜ不老長寿が賛美されるのか、逆になぜ老いや死を恐れるのか……その根本的な理由を聞かれたら、たいていの人は返答に困ってしまうでしょう。

生物学者の小林武彦さんは著書『生物はなぜ死ぬのか』において、そのような生命の根幹にかかわる疑問に対して科学的視点で切り込んでいます。地球上の生物全体を見渡したとき、「死」とはどのような位置づけなのか……もしかしたら、本書を読めば「死」に対して必要以上に恐れを抱かなくなるかもしれません。

今回は、生命に関する多彩な事例や科学的考察を載せた本書の中から、「死」と「長生き」に言及した部分を中心にご紹介いたします。

 


死ななければいけない2つの理由


生き物が死ななければいけないのは、主に2つの理由が考えられます。その一つは、すぐに思いつくことですが、食料や生活空間などの不足です。天敵が少ない、つまり「食われない」環境で生きている生物でも、逆に数が殖えすぎて「食えなくなる」ことはあるでしょう。この場合、絶滅するくらいの勢いで個体数の減少が起こり、その後、周期的に増えたり減ったりを繰り返すか、あるいは少子化が進み、個体数としては少ない状態で安定し、やがてバランスが取れていきます。

 

生き物が死ななければいけないもう一つの理由は、「多様性」のためです。こちらのほうが、生物学的には大きな理由です。

具体的には遺伝情報(ゲノム)を変化させ、多様な「試作品」を作る戦略です。変わりゆく環境下で生きられる個体や種が必ずいて、それらのおかげで「生命の連続性」が途絶えることなく繫がってきたのです。そのたくさんの「試作品を作る」ためにもっとも重要となるのは、材料の確保と多様性を生み出す仕組みです。材料の確保については手っ取り早いのは、古いタイプを壊してその材料を再利用することです。つまり、「ターンオーバー」です。ここにも「死」の理由があります。

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長生きの限界年齢および死亡率が急上昇する年齢
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【図4‐1】115歳を超えた日本人はこれまでたったの11名、全世界でも50名にも満たないのです。このような統計をもとに分析すると、ヒトの最大寿命は115歳くらいが限界だろうと言われています
【図4‐2】日本人の死因の1位はがんですが、がんの多くは加齢に伴うDNAの変異によって生じます。加齢によるDNAの変異の蓄積とともに、がんによる死亡率が急上昇します。具体的には、55歳くらいからが要注意です(以上、本書より)