うつ病と持病が影響しあって悪化していく


それからというもの、Hさんは引きこもりがちになり、趣味になっていた映画鑑賞もやめてしまいました。また、普段は薬を欠かすことのないきちっとした方だったのですが、飲み忘れたり、気分によって飲まなかったりということも見られるようになり、持病であった高血圧や前立腺肥大症が悪化し始めました。

前立腺肥大症は、肥大した前立腺の影響で尿の出が悪くなる、高齢の男性に比較的多い病気です。一度に尿を十分排泄できなくなるので、何度もトイレに行かなければならない頻尿の症状が出ることもあります。

Hさんは、前立腺肥大症の悪化によって夜間の頻尿が見られるようになり、睡眠が十分にとれなくなってしまいました。不眠とともに、抑うつの症状が奥さんの目にも明らかになり、徐々に悪化していきました。

また、日中に臥床がちとなり、足腰は弱っていく一方。うつ症状の悪化に伴って身体機能が悪化し、身体機能が悪化することでさらにうつ症状が悪化するという悪循環に陥ってしまいました。

そんな悪循環を断ち切るため、精神科の医師にうつ症状の治療を依頼しました。また、奥さんにも治療チームに入っていただき、薬の服用のリマインドをかけてもらい、自宅での移動を手伝ってもらうようにしました。

 

不眠に対しては一時的に睡眠薬も使用しました。また、できる範囲で体を動かしてもらうようにしました。こうして少しずつ悪循環が解かれ、数カ月の時間をかけて少しずつうつ症状が回復していきました。

 

このように、高齢者のうつ症状は、慢性的な持病と影響しあって、互いに足を引っ張り合うような状況に陥ってしまうことも珍しくありません。

また、慢性的な疾患の存在に隠れて、診断されずに残されてしまったり、診断されていても適切な治療につながっていなかったりということが多くあるのも特徴なのです(参考文献2)


前回記事「高齢者を混乱に陥らせる「せん妄」の予防と治療【医師が解説】」はこちら>>


参考文献
1 Koenig HG, George LK, Peterson BL, Pieper CF. Depression in medically ill hospitalized older adults: prevalence, characteristics, and course of symptoms according to six diagnostic schemes. Am J Psychiatry 1997; 154: 1376–83.
2
 Katon WJ, Lin E, Russo J, Unutzer J. Increased medical costs of a population-based sample of depressed elderly patients. Arch Gen Psychiatry 2003; 60: 897–903.

構成/中川明紀
写真/shutterstock

 
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