「すごいことが起こった」緊迫の長回しのシーン

 

「自分には、役や芝居を決めつけてしまう癖があって」と語る岡田さん。特に思い入れが強かったこの役に関しては、濱口竜介監督と徹底的に話し合い、自分の中でできあがった「高槻像」から一旦自由になることで、様々な面が見えてきたといいます。

 

「事前に監督から言われていたのは、高槻のベースにある不穏さや暴力性です。さらに『整合性は考えないようにしよう』とも言われました。普通は『この場面でこういうことを経験したら、次の場面ではこういうふうに感情が変化するから、こう演じるほうがいい』という考え方ってあると思うんですが、高槻役に関しては、それは考えるのはやめようと」

「そのおかげ色んなチャレンジができた」と語るのは、この映画における岡田さんの最大の見せ場ーーふたりが正面から「壊れた人生」について話す場面です。西島さん曰く「岡田くんの俳優人生でベストの演技」、濱口監督曰く「すごいことが起こっていた」という、どこかパワーゲームのようなセリフの応酬に息を呑みます。

「あの場面は10分ぐらい二人で喋り続けるシーンなんですが、演じている僕自身も、すごいことが起こってると感じましたし、あの撮影はこれから先も忘れないと思います。本当にどこに行き着くのかと思うような場面ですよね。監督は基本的には俳優に任せて下さって、寄り添ったり、けなしたり、子供じみてみたり、すごくいろんなチャレンジしてみました。そうすると演じるたびにぜんぜん違う人間が出てくる。こんな姿もあるのか、こういう感じ方もあるのかという感じで、高槻という役がどんどん膨らんでいきました。翌日、別の場面を撮る前に、監督が『あのシーンをもう一度“本読み”したい』とおっしゃって、やってみたら『昨日よりいいですね、撮りたいですね』って冗談でおっしゃったんです(笑)。今までなら『もう一回か…』と思ってたかもしれないですが、その時は『撮れるならもう一回撮りたいな』と思ったんです。そう思わせてくれる現場、濱口監督ってすごいなって」

感情を入れずに脚本を何度も読み、セリフを身体に染み込ませる“本読み”と呼ばれる独特な手法。©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会


芝居を好きになった…好きだったことに気付けた


「作品によっては時間に追われて撮影せざるをえないこともあり、それに対応するうちに削られていく自分もいました。でもこの作品にはそういうのは全く無く、役と映画と向き合うことができたんです。役について考えることや、現場で生まれてくるものを楽しめたし、役と自分がシンクロしていく感覚もすごくありました。芝居って面白いなと思ったし、芝居を好きになった、というか、好きだったんだなと再確認しました。この映画で得たものですか? あると思いますが……なんですか?って聞かれると、悩みます(笑)。自信がついたわけでもないからなあ。でもこの作品ではいい評価をいただくことがすごく多く、そういう部分では『まだ俳優続けていいのかな。次も頑張ろう』と思えました」

日本作品初の脚本賞を始め4冠を獲得したカンヌ国際映画祭。嬉しくて、遠慮して連絡していなかった西島さんのアドレスに、初めてメールしたという岡田さん。「レッドカーペットを歩くのは夢だった」というカンヌには、仕事やコロナ禍の事情で行くことは叶いませんでしたが、それでもこの作品への強い強い思い入れは変わりません。

「現場の空気感は他の現場と全然違ったんですよね。監督がスタッフとキャストの皆さんを尊敬していて、スタッフとキャストの皆さんは一丸となって監督が撮りたいものを撮る。現場で、こんなに団結している組はないなと肌で感じていたものが、完成作品には全部集約されていて、感動しました。監督と話した内容とか、僕が役に抱く不安を感じて下さった西島さんが最後にかけてくれた言葉とか……すごく心に残っていますが、恥ずかしくて言えないです。なんか現場の思い出話を、そのまま大切にとっておきたい気持ちもあるんです。秘密にしておきたいと言うか……なんか不思議です。こんなふうに思ったことがなかったので。この作品は僕の中ですごく大切なものになっているんだなと思います」。

 

岡田将生  Masaki Okada
1989年8月15日、東京都出身。2006年デビュー。主な出演映画は、『何者』(16/三浦大輔監督)、『銀魂』(17/福田雄一監督)、『伊藤くんAtoE』(18/廣木隆一監督)、『家族のはなし』(18/山本剛義監督)、『星の子』(20/大森立嗣監督)、『さんかく窓の外側は夜』(21/森ガキ侑大監督)、『Arcアーク』(石川慶監督)、など。今後も映画『CUBE』(清水康彦監督)、主演舞台「ガラスの動物園」が控えるなど多方面で活躍中。

<作品紹介>
『ドライブ・マイ・カー』
8/20(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

作家・村上春樹による、珠玉の短編小説「ドライブ・マイ・カー」。妻を失った男の喪失と希望を綴ったこの作品に惚れ込み映画化を熱望、自ら脚本も手掛けるのは、いま世界が最も熱い注目を寄せる濱口竜介監督。これまで、カンヌ(『寝ても覚めても』コンペティション部門出品)、ベルリン(『偶然と想像』銀熊賞受賞)、ヴェネチア(共同脚本作『スパイの妻』銀獅子賞受賞)など世界三大映画祭を席巻し、その名を轟かせてきた。待望の最新長編作となる本作も見事、本年度のカンヌ国際映画祭で日本映画としては史上初となる脚本賞を受賞。加えて、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞の独立賞も受賞し、4冠獲得の偉業を果たした!

©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

<STORY>
舞台俳優であり演出家の家福(かふく)は、愛する妻の音(おと)と満ち足りた日々を送っていた。しかし、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう――。2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。さらに、かつて音から紹介された俳優・高槻の姿をオーディションで見つけるが……。
喪失感と“打ち明けられることのなかった秘密”に苛まれてきた家福。みさきと過ごし、お互いの過去を明かすなかで、家福はそれまで目を背けてきたあることに気づかされていく。
人を愛する痛みと尊さ、信じることの難しさと強さ、生きることの苦しさと美しさ。最愛の妻を失った男が葛藤の果てに辿りつく先とは――。登場人物が再生へと向かう姿が観る者の魂を震わせる圧巻のラスト20分。誰しもの人生に寄り添う、新たなる傑作が誕生した。

キャスト:西島秀俊 三浦透子 霧島れいか/岡田将生
原作:村上春樹 「ドライブ・マイ・カー」 (短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫刊)
監督:濱口竜介 脚本:濱口竜介 大江崇允 音楽:石橋英子
製作:『ドライブ・マイ・カー』製作委員会 製作幹事:カルチュア・エンタテインメント、ビターズ・エンド
制作プロダクション:C&Iエンタテインメント 配給:ビターズ・エンド 
©️2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
2021/日本/1.85:1/179分/PG-12
公式サイト dmc.bitters.co.jp


撮影/塚田亮平
ヘア&メイク/小林麗子(do:t)
取材・文/渥美志保
構成/川端里恵
この記事は2021年8月21日に配信したものです。
mi-molletで人気があったため再掲載しております。
 
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