「過去は変えられる」の真相とは


私たちは「過去を変えられない」と思っていますが、実際は、今の在り方によって、過去を変えることができます。正確に言うと、過去の出来事そのものは変えられませんが、そこにある出来事の“意味合い”を変化させることはできるのです。
例えば、過去に大きな失敗をしてしまったとします。そこできちんと反省し、成長することができたら、次は同じような失敗をしなくなります。つまり、その出来事によって「学ぶ」ことで、単なる「失敗した出来事」ではなく、「自己を成長させ、今後、同じ失敗をするリスクを減らした出来事」になるのです。

 

なんだかんだ言って、人は、その“当時の自分”に合った選択をしていることが多いもの。そして、大事なことを学ばない限り、必ずといってもいいくらいに、“誤ったもの”を選択し、道につまずきます。
だから、たとえそのときは運よく失敗しなくても、遅かれ早かれ、必ず「違う場面で同じような失敗をする」ことが多いのです。もしかしたら、さらにひどい失敗をしていることだってあり得るでしょう。
だから、「失敗をすること」よりも、「学んでいないこと」のほうが問題なのです。

心がヒリヒリ痛むような出来事であればあるほど、人を改心させる力があります。それでも学べなければ、さらに大きな痛みが伴う失敗をする可能性が出てきます。だから、痛い目に遭わないためにも、なるべく早く学んでしまったほうがいいのです。
もし未だに過去の後悔をしているのだとしたら、今すぐにそこから学ぶべきことを学び、今、この瞬間から、新たに「幸せになれるもの」を選べるようになればいいだけのこと。
よく「失敗は成功の母」「若い時の苦労は買ってでもせよ」というのは、それをきっかけに学んで、“二度と失敗しない力”をつけるために大切だということなのです。

つまり、「過去の自分がそれを選んでしまったから、今も不幸なんだ」ではなく、「過去の自分は、まだ学べていなかったから、幸せになれる力を持っていなかったために、不幸になるほうを選んだ(そして、今も、学びきれていないから、不幸を感じている)」ということなのです。
逆を言えば、その出来事から学び、成長すると、むしろその過去の失敗に感謝できるようになることすらあります。そこで身につけた力によって、今度はもっと幸せになることもできるからです。

人は持っていると「幸せになれるもの」と「不幸になるもの」があります。例えば、思いやり、愛情、勇気、冷静さ、柔軟性、探求心、知性、知識、いい判断力、ユーモア、心の強さなどがあると、幸せになりやすくなります。
逆に、自己中心的な思考、臆病な気持ち、見栄、虚栄心、意地悪な心、感情的な行動、邪悪さ、心の弱さなどがあると、不幸に向かう言動ばかりしてしまいます。

「不幸になるもの」を持っている人ほど、“誤った選択”をしやすくなります。だから、私たちは失敗をして学び、少しずつ「不幸になるもの」を手放し、「幸せになるもの」を増やしていくことで、結果、幸せになっていくことが多いもの。
言い換えれば、「不幸になるもの」を抱き続け、「幸せになるもの」を持とうとしない人は、 “間接的” に、「不幸になるほうを選択している」とも言えるのです。

意外と多くの人が「直さなくてはいけないものは分かっているけど、できない状態」でいます。でも、幸せになりたければ、「成長なんてできない」ではなく、やるしかありません。
過去の辛い出来事を無駄にしないためにも、私たちは反省し、学べるようになったほうが、人生において「お得」なのです。

ただし、人生には、自分に落ち度がなくても、不慮の事件、事故に巻き込まれてしまうことがあります。そんなときは、どうやって心に折り合いをつけていけばいいのでしょうか。