もう2度と


「ああ! 校了後のこの一杯が生きがいよね~」

久しぶりに会社近く、行きつけの焼き鳥居酒屋に寄り、編集部5人はしみじみとビールを飲んだ。

「編集長って黙ってればすらっとして完璧にキレイなお姉さんなのに、ほんと中身はおじさ……いや男前ですよね。異動してきて最初はあの美女の下で働くのか! と緊張してたけど、まったく無駄でした」

5人の中で一番年下、37歳の山本が、ごくごくビールをジョッキで飲み干す弘美を眺めながら脱力して笑う。

「えー、悪かったわねえ、女らしすぎて気を遣う上司よりいいでしょ!?」

「いや、むさ苦しい男所帯なんだから、少しくらい女性風味出していただいても」

5人でもぐもぐと焼き鳥を食べながら軽口を言い合い、ちょっとだけ新しい企画の話をして、それから面白い本や映画、ドラマについて誰かが語る。

それをみんなでああでもない、こうでもないと言い合って、最後は熱いお茶を飲んで、ゆるゆる解散。

弘美は月に1度、校了のあとでそんな風に同僚と食べるごはんタイムが大好きだった。

 

確かに地味な職場かもしれない。でも気心が知れていて、やるときはやる同僚に囲まれて、心ゆくまで大好きな雑誌作りに没頭することができた。

 

マニアックな出版社なので貧乏暇なしとばかりに忙しかったが、小回りがきいて、自分で立てた企画をすぐに実現できる面白さもある。

弘美は、本気で定年までずっとここで働くつもりだ。

35歳の時、25年で2000万のローンを組み、頭金を1000万入れて、清澄白河に1LDKのマンションを買った。

そう無理のない返済計画で、このまましっかり勤めあげれば老後の住むところを確保できるだろう。弘美は一人っ子で、高知の親は他界してしまったから、誰にも頼らずに仕舞を付ける算段が必要だ。

「ロミさん、仕事がない土日何してるんですか? 暇だったら、俺とやっさん、明日旅行博覧会に行きますから行きたくなったら連絡くださいね」

弘美より五つも年上だけど、いつも丁寧に敬語で話す富田が、若干同情した様子で弘美を誘った。

「ありがとう富田さん、でも大丈夫! 今週末はメンテナンスに忙しいの。鍼に行って、マッサージしてからヨガに行く」

「ぜ、全然羨ましくないのはなぜなんだ……」

仲間と笑い転げながら、弘美は思う。


神様、もう何もいりません。

何もかも、このままがぴったり、ちょうどいいです。仕事も一生懸命頑張ります。

だからどうか「もう二度と」、私から理不尽に奪わないでください。