とうもろこしを分けよう
「さすがにさ、俺こういうのほんと慣れてなくて、恥ずかしいから! じゃあ、なにか好きなもんパーッと食べて。今日だけは俺のおごり。お店に話してあるからさ」
そう言うと、哲也は赤い顔をして、ぎこちない動きで去っていった。
「いやいや、だからみんな、そういう話は最後にするんだってば……」
置いて行かれた弘美は、思わず突っ込んだが、カウンターのスタッフと目があってこほんと咳払いをひとつ、仕方なくメニューを手に取った。
◆
「じゃじゃーん、とうもろこしだよ! みんな食べてちょうだい」
翌日、弘美は職場の編集部に意気揚々ととうもろこしを持ち込んだ。残業でちょうど小腹が減っているいつもの4人は、嬉しそうに集まってくる。
「うお~、美味しそう! ロミ編集長が手作り差し入れを持ってくるなんて初めてですよね、感激!」
「手作り……なのか、これ? まあ、茹でてあるもんな! 皮、ついてるけど……。うん、うまい!」
軽口をたたきながらも、5人は弘美が淹れた熱いほうじ茶を飲みながら、とうもろこしにかぶりつく。
「美味しいですねえ~。でも10本以上ありますよね? さすがにひとり2本は多いかも」
「いいのよ、1本は持って帰って。うちで独りで食べててもせっかくのとうもろこしのおいしさ半減で。みんなと一緒がいいのよ」
「そんな淋しいこといわないでくださいよ編集長」
突っ込みにみんなが声を立てて笑うと、富田がとうもろこしを丁寧に端から食べながら言った。
「淋しいかな? ロミさんは誰かと食べたほうが美味しいっていってるんだ、自然な話さ」
富田の言葉に、何か大事なことを聞いたような気がして弘美はふと顔をあげた。視線が合う。
「淋しい、誰かと一緒にいたいって思うことは、みじめじゃない。心に愛があるから、そう思うんだ。とうもろこしの美味しさを誰かと分かち合いたいって思う人生は、すでに十分豊かだよ」
「……一人で良かった時代の映画を見て、もういない人を想ってしくしく泣くアラフォーっていうのは? みじめじゃないかな?」
とうもろこしを握った弘美の、子どものような問いかけに、富田は顔をくしゃくしゃにしてにっかりと笑った。
「みじめなもんか。一生懸命生きてきた証拠だよ、ロミさん。胸を張れ」
弘美は不意にあふれた涙をこらえ、頷く代わりにとうもろこしにかみついた。みんなで食べるとうもろこしの甘さ。歯ごたえ。
彬はもう、食べることはできない。
だからこそ、弘美は今日も食べ続ける。大好きなひとたちと、簡単に終わってしまう平穏な毎日を愛おしみながら。
生きてる限り、ずっと。
「もう帰るのかい? 編集長。お疲れ様でした」
丁寧に後片付けをしてから、帰り支度を始めた弘美に、みんながひらひらと手を振る。弘美が手に入れた、大事な仲間たち。
「うん。あの、とうもとろこし、1本もらっていってもいいかな?」
「もちろん! ささ、どうぞ。1本でいいんですか?」
「うん、1本がいい。分け合うから大丈夫」
弘美は大切に黄金色の実を包むと、紙袋に入れて、オフィスを出た。スマホを取り出す。
相手はコール3回で、すぐに出てくれた。
「もしもし、哲也? あのね、とうもろこし一緒に食べない? 教わった方法で、ようやく、とびきり美味しく出来上がったの」
弘美は紙袋を抱えて冬の澄んだ空気を吸い込むと、新しい一歩を踏み出した。
世界で「2番目」に好きな人と結婚した男の、その後の物語。
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