言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
 
そこにはきっと、彼女たちの「守りたいもの」がかくれているのだ。
 
これは、それぞれが抱いてきた秘密と、その解放の物語。

これまでの話専門出版社で編集長として働く弘美(43)は、17年前に最愛の夫・彬と死別。なんとか平穏を取り戻し、仕事に没頭していた。ある日、弘美を気にかけてくれる親友・哲也と会う。「もう誰とも付き合うつもりはないの?」と訊かれ、カッとなる弘美。冷静になってから、なぜ激高したのか自問する。忘れられない夫との記憶に、弘美はひとり涙するが……?
 


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第10話 出版社勤務・弘美(43)の話【後編2】


「哲也、お待たせしてごめんね」

弘美は、スペインバルのカウンターに座る哲也に、努めて明るく声をかけた。

結局、改めて話したいことがあるという哲也のメッセージに応じて、弘美は今夜指定の店にやってきた。

本当は仕事を18時には切り上げることもできたが、19時以降なら、と言い、実際には19時15分にやって来た。

長く話せば話すほど、都合の悪いことが起こりそうな気がしていた。

「弘美、この前はほんとにごめん。突然、とても失礼な言い方をしてしまった。弘美と解散して、また来年まで会えないと思ったら、一人で変なふうに思い詰めてしまった」

「もういいってば。男っ気のない私が友達として心配だったんでしょ? こちらこそ、いつまで経っても手がかかってごめんね」

弘美が笑い話にしたつもりで乾杯を促したが、哲也はそれにさえ注意を払わない。

そして意を決したように、弘美を見た。

「そうじゃない。弘美が好きなんだ」