決意


「蓮人先輩、今日も愛妻弁当ですか! 戸山さん、総務って朝早いのに凄いですねえ。いいな~やっぱ俺も結婚したいかも」

翌朝、寝不足のままぼーっとデスクで弁当を食べていると、後輩の木下がにゅっと首を伸ばしてきた。

「まあ、ひとつ作るもふたつ作るも同じなんじゃないか。お前今日も社食だろ、早くいかないと混むぞ」

照れくさくて、しっしっ、と追い払う真似をする。

「そんなこと言って、バチがあたりますよ! 自分のためだったらウィンナーなんてタコ型にしないですから」

「……そうだよな、たしかにな。コレつくるために、朝30分は早く起きてるんだよな」

僕は神妙な気持ちで弁当を眺める。

 

そうだ、いつの間にか一番大事なことを忘れていた。

僕は2番目に好きになった、「世界で1番好きな人」と結婚した。

どうして忘れていたんだろう?

下手な感傷で、今、手の中にあるものを失うわけにはいかない。確かなものは、このタコのウインナーを作り、僕が夜うなされても救ってくれる温かい手だ。

「木下、ありがとな」

僕はとぼけた後輩に礼を言うと、弁当をたいらげてから、スマホを掴んで会社の屋上に出た。

冷たいビル風がびゅうびゅうと吹いている。スマホをタップして、どうしていいかわからずに放置していた佐奈からのメッセージを開いた。

無精で電話番号は大学生から変わっていない。そこにショートメッセージが入ったのは、佐奈と再会してしまった翌日だった。

――本当は、あの頃に戻りたくて、最近よくお堀端を歩いていたの。あなたに会えたらいいなって思ってた。

佐奈。きっと今苦しい時なんだな。

佐奈の苦しみと孤独が伝わってきた。

どんな気持ちでこのメッセージを打ったんだろう。佐奈の真っすぐな気性を知っているから、余計に胸が痛かった。

でも、僕たちの道はもう29歳のあの時に別れてしまった。僕が深く彼女を取返しがつかないくらい深く傷つけ、ほころびは亀裂になり、修復できなかった。

僕の罪は、僕がずっと背負っていくものだ。ここで罪悪感を捨てるために、彼女がくれたメッセージに耳障りのいい言葉で応えるのは簡単だ。認めよう、恋心だって、まったくなかったらこんなに悩まない。

でも、間違えるわけにいかない。

僕は、佐奈を傷つけてしまったぶん、強い人間になる義務がある。もう二度と、どんな形であれ佐奈を傷つけるわけにはいかない。

ずっと消さなかった佐奈の電話番号を、僕は消した。メッセージも。この行動が正しいとは思わない。誰かに、佐奈に許してもらおうとも思わない。

その痛みを投げ出さずに、僕は絵里子と生きていく。かつて誰よりも愛した佐奈の幸せを祈りながら。

僕は総務のデスクで同じお弁当を食べているはずの絵里子にメッセージを送った。

――今日は早く帰って、僕がメシ、作るから。食べたいものがあったらリクエストして。

僕は、よし、となんとか声に出すと、深く息を吸い込んで一歩を踏みだした。

 

 

第一部完。第二部は12月下旬スタート予定です!
 

構成/山本理沙


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