認知症の人は「焦り」「不安」を感じやすい 


「人としての気持ち」に合わせるのが大事と書きました。ここでいう「人としての気持ち」とは、「人間なら誰でも共通して感じそうなこと」と言い換えてもいいでしょう。 

私たちは、他人の気持ちを直接感じることはできません。でも、たとえば一般的な意味で「人は何をされたらうれしく感じるか/悲しく感じるか」と問われたら、だいたい想像がつくはずです。人にはそうした、共通する感覚があるのです。だから、人としての気持ちは、自分の気持ちを確認することで少し理解できます。

そういう考えのもと、私が研修会場などで参加者の方々とよく行うゲームを、ここで紹介させていただこうと思います。 簡単な後出しジャンケンゲームです。

一方がA「先に手を出す側」になります。セミナー会場であれば、講師の私がこのAさんを務めます。グー・チョキ・パー、好きな手を、パパッとリズミカルに、かつランダムに出していきます。
 
相手の人はB「後出しする側」になります。Bさんがするのは、必ず後出しジャンケンです。Aさんが手を出したら、Bさんがそれに反応する、というふうにしてください。

以上を理解していただいたところで、では、いきます。実際にゲームしているところをイメージしながら読んでください。近くに家族や同僚がいたら、一緒にやってみてもいいでしょう。

1)ジャンケンをします。Bさんは、後出しで 10回連続してAさんに勝ってください。
普段行うジャンケンとはちょっと違いますが、Bさんになった人の大部分は上手にできます。うっかりつまってしまう人も少しはいますが、混乱することはないでしょう。

では、ルールを次のように変えます。

2)ジャンケンをします。今度はBさんは、後出しで10 回連続してAさんに負けてください。 
このルールだと、1でできていた人もできなくなることが多いです。私はセミナーで何度となくこのゲームを試しましたが、最初の1〜2回はできても、3回、5回......となると、できなくなる人が一気に増えます。Aさんに負ける手を 回連続して出せる人は、とても少なかった印象があります。

ここで「勝つのと負けるのと、どちらが難しかったか」ちょっと考えてみてください。当然、負けるほうですよね? たかがジャンケンなのに、どうして勝つよりも負けるほうが難しいのでしょうか。

 

私たちは、子どものころから〝勝つために〟ジャンケンをしてきました。後出しになることはあったかもしれません。でも、負けるためにジャンケンする機会はあまりなかったと思います。 つまり、普通のジャンケンや後出しジャンケンは、昔から知っていてやったこともある「慣れていること」だと言えます。

 

一方、後出しで相手に負けるジャンケンは「慣れていないこと」です。 そのときの気持ちはどうだったか、振り返ってみましょう。 慣れているジャンケンをしているときのあなたの気持ちは、「安心」だったはずです。 では、ルール2の〝後出し負けジャンケン〟をしているときの気持ちは、どうだったでしょうか?

慣れていないこと、できないことを、無理やりやらされました。このとき、あなたの気持ちは「安心」でしたか? きっと「焦り」と「不安」を覚えたのではないでしょうか。
 実は認知症の人は、このゲームで私たちが感じたような「焦り」や「不安」を日常のなかでも感じているのです。