「私なんか」と自分を否定せずに、「私こそは」と思って生きなさい


まなほ これまで先生にはいろいろなことを言われましたが、初めて怒られたのは、何かのときに私が「どうせ私なんか……」と言ったときです。あのとき先生は、ものすごく怒りましたね。

寂 聴 あなたは以前、何か話しているとすぐに「私なんか」と言っていました。何かというと、「私なんか」、「私なんか」……。

 

まなほ 「私なんかなんて言葉は使うな。そんなことを言う人はここにはいらない」と、ひどく怒鳴られました。先生はめったに怒らないのに、あのときはどうしてあんなに怒ったのですか?

寂 聴 まず、その言葉は、あなたを産み、育ててくれた親に対して、とても失礼なことだからです。あなたは普通のレベルよりはちょっと上の美人だし、才能もあると思います。それなのに「どうせ私なんか」と言うのは、逆に思い上がっているのだと思います。あなたを産み、育ててくれた親はもちろん、そうした器量や才能を与えてくれた大いなるものに感謝しなくてはいけません。

人間はどんな人であれ、生まれて来る値打ちがあるから生まれてきます。自分という人間は、この世に一人しかいません。そのたった一人の自分を認めてあげないで、「どうせ私なんか」などと自分を否定したり、卑下したりするのは、自分をバカにしていることだし、自分に対して失礼なことです。

 

まなほ それは、自分を粗末にしているということですか?

寂 聴 そうです。粗末にする前に、自分をバカにしています。親は、それぞれにすばらしいものを与えてくれています。それに気がつかないのは、その人がバカなのか、努力をしていないからです。「私なんか」とは、誰であれ言ってはいけません。せっかく生まれてきたのですから、その命を大切にすることです。だから「私なんか」ではなく、「私こそは」と思って生きていくべきです。

まなほ 「私なんか」という言葉の根底にあるのは、つい自分と他人とを比べてしまうことです。それで、「この人はできるのに、どうして私にはできないのだろう」とか、「この人はモテるのに、私はまったくモテない」とか、そう思って自分に自信が持てなくなります。そんなときに、「どうせ私なんか」と思ったり、「私は生きていても意味がない」と思ってしまったりします。

寂 聴 ここに相談に来る人の中にも、そういう人がたくさんいますが、それは一番つまらないことです。まず、親が産んでくれただけでも「有り難い」こと、もったいないことだと感謝しなくてはいけません。なぜなら、もし親があなたを産もうと思っても、何かの力が働いて生まれてこなかったことも考えられます。ですから、あなたがここにこうして存在しているということだけでも、本当は簡単なことではないのです。