それは光熱費、そして医療費


智美:実は……この前舞台挨拶行ったとき、隼人くんの写真集とかいっぺんに買うチャンスで、2万円も無駄遣いしちゃったの。それがさっき送った写真のグッズでさ。昭ちゃんたちの手前、クローゼットの奥に並べたんだよ~。我ながらイタイなと……。

藍里は結婚して二児の母であり専業主婦、冴子はバツイチで広告代理店に勤めている。

現在の状況は違うが、幼馴染で姉妹のように育ち、お互いの人生のたいていのことは知っていた。2万円をパッと趣味に無駄遣いしてしまったこととその後の行動を懺悔するには最適の相手だ。

冴子:2万なんて序の口よ、それで智美の人生が明るくなるんだから、推し活は光熱費! 人生最高の光を浴びてるでしょ?

藍里:そうそう。推し活で心身の健康状態が向上するなら医療費とも言えるわね。安いもんよ! 智美は家事もパートも頑張ってるんだもん、楽しいことが見つかったならむしろ全力で飛び込んだほうがいいよ。

 

智美は久しぶりに、ただ嬉しくてドキドキした気持ちで窓の外を見た。抜けるような冬の青空だ。高校時代、あるいは20代の頃、こんなふうにひたすらワクワクする気持ちで休日の朝に空を見上げたことを思い出す。

最近では、まずあれをやらないと、あそこに行かないと、という気持ちで動くことばかりだった。

それがどうだろう、「推し」のことを考えていると、楽しい、嬉しい、ドキドキする、に突き動かされて、予想もしない行動に出てしまう。

まるで子どもの頃みたいに。

自由だ。心が。

智美:ありがとう友よ! お金がどうとかよりも、どうにも後ろめたかったんだよね……。いつの間にか「アラフォーがキャーキャー言ってみっともない」とか「妻で母なんだからお金は家族のためだけに使わないと」って思ってたのかなあ。

冴子:ダメダメ、辛気臭い! 迷惑かけてるわけじゃないし、楽しい瞬間は大事にしていいと思うよ。はい、このリンクどうぞ! 推しと自分の身長を入れると、並んだときどんな感じになるかシミュレーションできる遊びだよ~。

藍里:ぎゃー! なにこれ! 韓流スターみんな背が高いからキュンキュンするわ! 

智美:え、待ってなにこれ笑 く、くだらない! でもやりたい! あ、でも隼人くんの身長しらないや……。

冴子・藍里:178

早い。検索スピードも情報量もとんでもない。それもこれも、長年のミーハー活動の賜物に違いない。智美は笑いをかみ殺しながら、ツールに自分の身長と隼人の身長を入れてみた。アバターで表示されるので、デートしたらこんな感じ……と妄想が膨らむ。我ながら気味が悪い。

アプリで顔部分とリゾートっぽい背景を合成して、隼人アバターに吹き出しで「智美」と言わせてみる。血圧が上がって倒れそうだ。絶対に誰にも見られてはいけない。でも一目見るだけでエナジードリンクの100倍くらい効果がある。

スマホのロック画面は、人目につく。自重していたが、解除したあとのホーム画面ならばいいだろう。

智美は隼人と自分のアバターが並んだスクリーンショットをホームにはめて、鼻血がでそうなほどウキウキしながら、また空を見た。

 
次週予告:
16話/ウキウキが止まらない智美の推し活。そんなある日、心をざわつかせる速報。智美が沼にまた一歩……!?
構成/山本理沙


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