人は、生きていく中で、理想とする自分と現実のギャップに苦しくなることもあります。むしろ、それが当たり前のように思われますが、鈴木さんは、「こうなっていたい」という理想や目標を持たないようにしていると言います。

「『上手く歌を歌えたらいいのにな』とかは思いますよ。JUJUさんや絢香さん、いきものがかりさんぐらい歌えてバンバンミュージカルに出られたらいいなって。だからといって、現実と理想の自分が乖離して、折り合いがつかなくてどうしようとはなりません。そう考えると、私は理想というものを持っていないんでしょうね。この舞台をすべて終えた5月には、違う自分になっているとは思いますが、どうなっているかなんて予想できませんし、“こうなっていたい”という目標値を定めてそこに向かっていくということはしません。

ゴールって、作ってしまうと達成したらそこで終わっちゃうじゃないですか。そこで満足してしまったら、次にどうしていいのかわからなくなっちゃう。これまでも、先を見据えて決めていることって何もなくて。目の前に起きたことに対して、その時その時、最善だと思えることをチョイスしてきただけです」

 

鈴木さんのように、目の前のことに集中すれば、理想の自分にがんじがらめにならず、柔軟に生きられるのかもしれません。なかなか難しい仕事とプライベートのバランスの取り方についても、肩に力が入っていない、リラックスした姿が素敵です。

 

「以前は、お仕事とそうでない部分を分けようとしていた時期と、分け切れなかった時期とが混沌としていました。でも最近になって、そんなにもカチカチ分けようと意識しなくてもいいんじゃないかって。いいバランスでやれているのか、自分ではわかりませんが、バランスが崩れたら崩れたなりに、自分がコントロールできないことが起きた方がワクワクしますし、その状態を面白がれるようになりました。それに、どんな時であっても、自分を自分自身で肯定してあげなかったら、誰もしてくれませんよね」

大変な状況にいる自分を自分で認めて“面白がる”。そんな境地に達した鈴木さんが感じる俳優という仕事における面白さとは?

「お芝居をしていると、『なんで私、泣いているんだろう』とか、『笑いが止まらないのはなぜだろう』とか、自分の頭で考えていることと体が違う反応をしている時があるんですが、その感覚がすっごい面白いんですよ。変なアドレナリンが出てナチュラルハイになっているんでしょうね、とても気持ちがいいんです。その瞬間があまりにも楽しくて、私はこの仕事を辞められないんだなって。毎回、その域に到達したいんですが、本当に数えるくらいしかまだ味わったことがありません。今回の舞台でそうした感覚になれたら、嬉しいですね」
 

 

鈴木保奈美 Honami Suzuki
1966年東京都生まれ。86年に女優デビュー。以降、『東京ラブストーリー』『愛という名のもとに』『この世の果て』など数々の大ヒットドラマに出演。1998年の結婚・妊娠を機に一時休業するも、2011年のNHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』で本格的に女優として復帰。近年の出演作にドラマ『SUITS/スーツ』シリーズ、『35歳の少女』、Netflixオリジナル映画「浅草キッド」などがある。

<公演情報>

パルコ・プロデュース 2022『セールスマンの死』

 

作:アーサー・ミラー
翻訳:広田敦郎
演出:ショーン・ホームズ
出 演:段田安則 鈴木保奈美 福士誠治 林遣都 鶴見辰吾 高橋克実 ほか
会場:PARCO劇場(東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ 8F)
チケット:2月11日(金・祝)より一般発売開始
※松本、京都、豊橋、兵庫、北九州にて巡回公演あり

 


撮影/塚田亮平
スタイリング/犬走比佐乃
ヘアメイク/福沢京子
取材・文/小泉咲子
構成/山崎 恵