住む家の心配はなかった親子島留学

ゆったりとした空気が流れる自宅周辺。家の前では、近所の子どもたちを呼んで七輪の焼き物大会をやったり、秋口には毎日のようにサンマを焼いていたことも。

「親子島留学は町の教育委員会が行っている制度なので、住む場所は町営住宅や教育委員会が管理する民家などを紹介してくださいます。夫は仕事の都合で大阪に残りましたが、追加でかかる家賃は月に2万円〜2.5万円ほど。島には小学校が2校あって、自動的に家の校区にある学校に通う仕組みになっています。通うことになった小学校は、娘を入れて同級生は7人で、女の子は島育体験で熱烈な手紙をくれたその子だけでした」

コロナ禍で先行きが不透明な状況ではあったものの、2020年春から無事に島での生活を始められた田仲さん親子。自宅周辺はIターンのファミリー層が多い地区だったので、子育てもしやすく、母子にはありがたかったといいます。

引っ越したばかりの頃、自宅前でせっせと畑作り。


ひょんなことから母は診療所勤務に!?


田仲さん自身は理学療法士の資格を持っており、大阪ではマタニティ整体のサロンを経営していました。ですが島留学中はサロンを一旦休むことにして、旦那さんが経営する会社の仕事だけを手伝うつもりで島に渡ります。ところが移住後、これまでの職歴を島の人にポロッと話したところ、思いがけず診療所で働くことになりました。

「私が行く前の年に、島で唯一の診療所にリハビリテーション室ができたんです。理学療法士の募集をかけてはいるものの、なかなか誰も来てくれず、作業療法士の男の子が1人で頑張っているということは知っていました。でも仕事をするために島に行ったわけではなかったのと、娘たちが学校から帰ってくる時には家にいてあげたかったので、仕事はするまいと思っていたんです。だけど島の人に頼まれたら断れなくて(笑)。まさかの移住して2ヶ月後には新たな職を得ていました。私と同時期に来た親子島留学のお母さんたちは他に2人いて、1人はリモートで持ってきた仕事をして、もう1人は島の漁協で働いていました」

「離島で暮らす」ということに対する不安は一切なかったという田仲さん。次回は島での暮らしや2人のお子さんの変化について伺います。

田仲さんが住んでいた海士町(中ノ島)のお隣、西ノ島には内航船で。15分の船旅で別世界が広がります。島暮らしの先輩に教えられ、来島初日はなんと隣の島からお寿司の出前を取ったのだとか!


海士町で出会ったさまざまな景色
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撮影/田仲亜希恵
取材・文・構成/井手朋子

 


前回記事「ごく普通のサラリーマン的な自分でも「島移住」できた!働き方と暮らし方」>>

 
 
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