夫は「たいへんでしたね」の言葉がほしかった

自宅の近くを歩く晋さんの横顔。(撮影:小川光)

――本の中では、お見舞いに来た方たちの「元気そうじゃないか」という言葉にも、晋さんは傷つかれていましたね。

克子 同じ脳外科の友人の方たちが、5、6人でわざわざ自宅までお見舞いにきてくださったんです。それで、誰かが「おお、若井、元気そうじゃないか」って言ったんですね。そうしたら他の人も続いて「そうだよ、元気そうだよ、若井」って。そう言われてしまったら、本人は何も言えなくてね。

――同僚の方たちが帰ったとき、晋さんが呟かれたことも書かれていますが、すごく胸が痛みました……。

克子 「たいへんだったなあ、と一言、言ってくれればよかった」って、ぽつりとね。でもある日、私の大学時代からの友人がお見舞いに来てくれたんです。白血病を患ったことがある彼女は、夫の顔を見るなり「この度はたいへんでしたね」と声をかけてくれてね。それが夫はとても嬉しかったみたいです。だから、同情したら失礼だとか難しく考えないで、「不自由なことはないですか」「お元気そうだけど本当に大丈夫ですか」って、一歩踏み込んで聞けばいいんじゃないかと思うんですよね。


認知症当事者を、のけものにしたくない


――たとえば、そうした認知症の方に寄り添ったコミュニティなどには参加されましたか?

真也 一度、群馬の認知症患者の家族会に参加したことがあったよね?

克子 そうそう、一度ね。家族会には、みんな認知症の家族も連れてくるわけです。でも、認知症の当事者たちは、係の人が散歩かなんかに連れ出すんですよね。介護者の家族だけで、こんなところがどうだ、あんなところがどうだとかって、話をするんですけど。私には、当事者たちがなんでその場にいないのかが不思議で。だってね、その人たちのことなんだもの。みんなで普通に話し合えばいいのにって。それで、参加しなくなったというのもありますね。

――克子さんは晋さんに対して、「ひとりぼっちにしない」「のけものにしない」という思いをとても感じます。

克子 家庭科の教師をやっていたときに、絶対にみんな平等に、おんなじ目線で見るようにしていたんです。そうじゃないと「先生、あの子だけひいきして」と生徒たちに言われますから。そのときの習慣もあるかもしれませんね。誰かがさびしそうにしていたら、話しかけてあげたいですよね。