免許返納のリスクについて医師が解説


山田:法律を導入する、ということにも必ず副作用があります。たとえば運転をしなくなることによる代替プランのない場合、家から出られなくなる、引きこもりになる、介護施設やナーシングホームに入る方が増えてしまうなど、マイナス面が大きくなったりします。ですので、やり方は慎重に考えなければいけませんね。

碓氷:難しいですよね。

 

山田:一定数の方が免許を諦めなくてはいけない法律を導入する場合、準備や対策が非常に重要となります。その方たちにしっかりと心の準備をさせてあげられるか、カウンセリングがしっかりできるか、あるいは代替のプランとして車がなくなった場合にどうするのかを、あらかじめ考えることが大切です。

家族にもケアをお願いしなければいけない場合もあります。法律をスタートするにあたって何も対策をせず、ただこの日から免許を取り上げますよ、というのは少し無責任だと感じますね。

碓氷:僕らのイメージでいう医学の領域だけでは収まらず、社会の仕組みや法律との組み合わせなのですね。

山田:そうですね。法律だけではなく、政治や医療、公衆衛生や心理学といった様々な職種の専門家が入って議論を育てていかなくてはいけないと思います。

何かを始める時は、それをやっていない地域と比較をして、本当にこの法律が社会にプラスをもたらしたのか?実はマイナスが大きいのではないか?という視点を持つことが大切です。そしてその後は、必ずデータを経過観察するといったフォローも非常に重要になると思います。

碓氷:新里(シンザト)さんは、何か感じることがありますか?

新里:「集団登校中の子供の列に、高齢者の車が突っ込む」というニュースを見た時は、高齢になったら車の運転を控えてもらった方がよいのでは、と考えたことがあります。でも、免許を返納することによって死亡事故が確実に減るわけではないこと、マイナス面もあるというお話が気になりました。

山田:そうですね。例えば80歳でも85歳でも、全く事故を起こさない高齢者というのは必ずいます。先ほどお話しした通り、高齢という理由だけで運転ができなくなるわけではありません。年齢を重ねる代わりに、必ず替えが利くメカニズムが働きます。

例えば、視覚に不安が出てきたら夜は運転しないと決めるなど、個人で自制が利くようになっているのです。そうしたことも相まって、全く事故を起こさない高齢のドライバーがいるというのはまず間違いないことだと思うのです。そのような方々から誤って免許を取り上げてしまうというリスクもありますよね。

あとは、たくさんの人が免許を失った地域で、交通事故が増えたと報告している論文もあります。

何が起こったかというと、車を失った高齢の方が歩かなければいけなくなり、かえって歩行者の事故が増えたのです。その結果、そのエリアでの交通事故の件数が増えたと報告している地域もあるのです。

碓氷:社会制度も含めて考えなくてはいけない問題だな、と思います。

山田:単純に高齢の方から免許を取り上げればよい、というわけではないことがおわかりいただけたのではないでしょうか。

碓氷:そうですね、よくわかりました。冒頭で紹介した「父が運転をやめません」という小説では、運転をしなくなった時に、運転に代わる生きがいを見つけていく様子も描かれています。

少し想像力を働かせてこの問題と向き合うことが必要なのかな、とも思いました。簡単に結論が出る問題ではないと思いますが、海外の事例も教わりながら、引き続き考えていきたいですね。今日もありがとうございました!
 

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写真/shutterstock
構成/新里百合子
 

 


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