育児や教育は「家族の問題」とする日本と
「社会で育てるもの」と考えるイギリス


「かわいそうだから支援する」という考え方に潜むもうひとつの大きな問題点については、後に触れるとして。イギリスの場合は「かわいそう」の前に「子供は社会が育てるもの」という感覚、共通認識が根付いているようです。「子供は村全体で育てるものだ」ということわざもあるそうです。

 
 

ブレイディ:保育士になると一番最初に「保育士の仕事は保育だけでなく、地域の子供たちに目配せすることだ」と教えられます。つまりそれは親にも目配せするってことなんですね。密室での子育ては非常に不健康なことで、閉じこもっている親子がいたら外に出す。それが親の虐待や育児放棄を社会が監視し、子供たちに手を差し伸べ助けるためでもあると教わりました。危険な状況だと分かれば、英国では福祉がすぐ保護する。昔から、産んで育てられないなら修道院や教会を頼ったりという伝統が欧州にはありました。

キリスト教の影響もあると思いますが、やっぱりイギリスは福祉国家だった時代があるんですよね。共助も盛んだし、公助も日本よりは充実している。共助に国の資金が入っていることもあるし。労働党のブレア政権の時代は特にそうでした。例えばイギリスではあの頃、保育士をーー特に多様性という観点から外国人の保育士を増やすために、保育所を手伝っているボランティアは国の補助金で、保育士のコースを無料で受講できたんです。私もそれを使って保育士になりました。

この制度がいいのは、一度社会に出たことがある人が保育士になること。保育士って、どうしても学校出たての若い女性になりがちじゃないですか。でも子供を包括的な人間に育てるには、人種や性別、年齢的にも多様な大人に触れさせることもすごく大事だと思うんです。実際に私が受けた保育士のコースでは、人種も年齢も性別もめちゃくちゃ多様でした。

 

ブレイディさんの最新刊である小説『両手にトカレフ』の中には、生活に困窮した人たちに食事を提供する「カウリーズ・カフェ」という場所が出てきます。そしてそこの食事で育ちソーシャルワーカーになったというキャラクターも。「いかにもイギリス的なエピソード」とブレイディさんは言います。

ブレイディ:日本って何でも「最終的には身内で」でになってしまう。ニュースを見ていると、 赤ちゃんが駐車場に置き去りにされていたとか、人知れずホテルの一室で生まれて放置されて亡くなったとか。虐待の疑いで保護しても、最後にはまた親の所に戻して、結局はなくなってしまう子供も結構いますよね。生活保護も少し前までは家族や親族に照会がいっていたと。この話をイギリス人にすると「国に助けを求めてるのに、なんで親族に連絡するの? 国の責任放棄だ」と驚かれます。税金を払っている個人が困った時、国が助けるのは当然の話。 いろんなところでゆがみが出るのは、最終的に家族になんとかさせようとするからだと思います。