「自分が生まれたことで母は不幸になったのでは」
という思いを抱える子供たちへ


作品を2方向から支えるのは、それぞれの理由から子供と縁のない、ふたりの登場人物の存在です。ひとりはペ・ドゥナ演じる女性刑事。ブローカー摘発をもくろみ「ベイビーボックス」を張り込みしていた彼女は、映画冒頭、子供を捨てるソヨンに「捨てるなら産むなよ」と吐き捨てるように言います。

映画『ベイビー・ブローカー』© 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

「彼女は仕事や人生の選択として、自分の意志で子供を持たないことを選んだ人です。なぜ子供を捨てるソヨンをそこまで憎むのか、その理由は設定としていろいろ考えてはあるのですが。劇中でそれを明らかにしなくてもいいかなと。おそらく世の中の大半の人が彼女同様に、特別な理由なく母親に対して厳しいんです。だから理由を作品の中で明確には描かないほうが、彼女に自分を重ねやすいだろうなと。観客のそういう目線、価値観を、2時間の中でどう変えられるか、この作品ではそれをやってみたかったんですよね」

そしてもうひとりは、ブローカーのひとり、ソン・ガンホ演じるサンヒョンです。「ブローカー+母子」に、ドンスの育った施設の少年ヘジンを加えた一行は、スタート地点の釜山から、やがてソウルへとむかう旅の中で、『万引き家族』を思わせる疑似家族になってゆきます。その中で見えてくるのがサンヒョンの「かつて父親だった人生」です。「ソヨンは子供のためならなんだってやるし、それでいいんだ」という言葉は印象的です。自分の家族のために、そして疑似家族のために、どんな道を選ぶのか。それが映画の着地点でもあります。

「後半、ソウルに行ってからの展開は決めずに撮りはじめたんです。もちろん仮の脚本はありましたが決定稿にはせず、あの疑似家族を見ながら、あの後、サンヒョンがどうするかを決めずにいたんです。リライトするたびにソンガンホさんはそれを読み、『ここは気に入ったけどここは前のほう好き。でも任せるけどね』と言いながら、サンヒョンがどうなったら面白いかを一緒に考えてくれました。自分なりにはサンヒョンはあの疑似家族の外側に出るだろうな、と考えながら、自分なりに探って着地させてゆきました」

ドンスとソヨンの言い争いの後、おむつを替えながら「ボックスがあったから、この子の命は助かった」とさらっと言う言葉は、強く心に残ります。

「ボックス出身の子供たちには直接コンタクトさせてもらえない、それはこちらもわきまえていたので、質問を投げて書面で回答をもらい、児童養護施設出身の子供たちにはリモートで話を聞きました。心に残ったのは、やっぱり施設で育った子供たちは『自分は生まれてよかったのか』『自分を産んだことで母親は不幸になっているんじゃないか』という思いをずっと捨てられずに大人になっていることです。それはすごく重いことでした。だからこそ『生まれてこなければよかった命などない』というところに、なんとかたどり着きたいなと思って作りました」

 

是枝裕和 KORE-EDA HIROKAZU
1962年生まれ。大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。2014年に独立し制作者集団「分福」を立ち上げる。1995年、『幻の光』で監督デビュー。2004年の『誰も知らない』では、主演・柳楽優弥がカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。2013年、『そして父になる』で第66回カンヌ国際映画祭審査員賞を始め、国内外で多数の賞を受賞。『海街diary』(15)は第68回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、日本アカデミー賞最優秀作品賞他4冠に輝く。『三度目の殺人』(17)は第74回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品、日本アカデミー賞最優秀作品賞他6冠に輝いた。2018年、『万引き家族』が、第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した他、第42回日本アカデミー賞では最優秀賞を最多8部門受賞する。2019年には、初の国際共同製作作品『真実』は日本人監督として初めてヴェネチア国際映画祭コンペティション部門オープニング作品に選定された。

<映画紹介>
映画『ベイビー・ブローカー』
2022年6月24日(金) TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

 

(STORY)
古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、〈赤ちゃんポスト〉がある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)。ある土砂降りの雨の晩、彼らは若い女ソヨン(イ・ジウン)が〈赤ちゃんポスト〉に預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。彼らの裏稼業は、ベイビー・ブローカーだ。しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンが、赤ん坊が居ないことに気づき警察に通報しようとしたため、2人は仕方なく白状する。「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という言い訳にあきれるソヨンだが、成り行きから彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。一方、彼らを検挙するためずっと尾行していた刑事スジン(ぺ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は、是が非でも現行犯で逮捕しようと、静かに後を追っていくが……。

監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン
製作:CJ ENM
制作:ZIP CINEMA
提供:ギャガ、フジテレビジョン、AOI Pro.
配給:ギャガ
© 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED


撮影/斉藤美春
取材・文/渥美志保
構成/川端里恵

 
 
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