自らの偏見に気づき、視野を広げるきっかけに。ミドルエイジ女性が共感する理由
小島:BTSとARMYの関係を見ていて驚いたのは、時には厳しい批判も含め、議論や対話を続けてきたことです。韓国では2015年ごろから、BTSのメンバーがデビュー前にSNSに書き込んだコメントや、「War of Hormone」「MISS RIGHT」などの曲の女性嫌悪的な歌詞に対してSNSで批判の声が上がりました。それに対してのちに事務所が声明を発表し、BTSは反省を表明。リアクションに時間がかかったことの説明や今後の取り組みにも言及し、誠実な姿勢を見せました。その後は、ジェンダーの専門家の指導を受けたり女性をエンパワーする楽曲を出したりと、進化しましたよね。
批判が起きたのは、韓国で「MERS(中東呼吸器症候群)は女性旅行者が持ち込んだ」という噂が広まり、女性を嫌悪して排除しようとするミソジニーが問題視されていた時期と重なります。
そうした世の中の流れの中で、応援しているアイドルの歌詞の内容を批判し、学んでほしいと働きかけ、成長するまで見届ける。一方的に幻想を重ねて「裏切られた!」と非難して終わりではない。これはかなりエネルギーを使うと思うんです。
まるで弟や息子への親身な忠告のようでもありますよね。これはイさんが指摘しているように、BTSの中心的なファンが30〜40代の女性だからでしょうか。
イ:まずは30〜40代のミドルエイジ女性がBTSのファンになる理由からお答えしたいと思います。
そもそも私を含む30〜40代の女性には「自分がアイドルを好きになるわけがない」という偏見や思い込みがあったんですよ。でもBTSの人間性や音楽にハマったことで、かつての自分が見知らぬ文化に偏見を持っていたことに気づくんです。つまりBTSは自分の視野を広げ、成長させてくれる存在だと認識している人が多いんですよね。
小島:確かに。私もそのひとりです(笑)
イ:私も同じですよ(笑)。他にも、ミドルエイジの女性たちはBTSの物語にシンパシーを感じやすい理由があるんですよね。
歴史をひも解くと、政治も経済も芸術も、社会的にシリアスな分野はすべて男性がリードしてきました。女性はメインストリームから少し疎外された存在だったんです。
そんな女性たちがBTSに出会うと、まるで自分自身を発見したような気持ちになるのです。最初は小さな存在だったBTSが、だんだんヒットチャートを席巻して、影響力を世界に広げていることが、歴史や世界の隅っこにいた女性が抱く理想を刺激しているのです。
小島:分かる気がします。だからこそ、なおさら女性嫌悪的な歌詞が許せなかった人もいるのでしょうか。
イ:小島さんがおっしゃった通り、韓国では2015年頃からMERSをきっかけにオンラインでフェミニズム運動が始まり、ネットは闘争の場と言えるほど過激な状況で。当然、アイドルのファンダムもその影響を受けました。
当時、BTSだけがミソジニー的な行動に対して批判を受けたのではなく、多くのK-POPアイドルが歌詞や実生活で見せる行動、言葉について指摘されてきました。
ただ、実はすべてのARMYがBTSの女性嫌悪的な歌詞を批判したわけではありません。ファンダムの中でも大きな争いがあって、無条件にBTSを守りたいというファンもいたし、アーティストはフェミニズム的な考えを持たなければならないというファンもいました。2つの勢力で長い間争いがあり、オンラインでのいじめもあったくらいです。2〜3年はこうした衝突が続きましたし、決して理想的な状況ではなかったんです。
ミソジニーに対するBTS側の回答が出たのも1〜2年後で、かなり遅かった。でも、その時にBTSと事務所が発表した文書は、K-POP史上まれに見る成熟した内容でした。
「アーティストの創作は、自分たちが生きてきた社会の影響を受けるため、社会がもっている偏見や誤解から自由になることはできないと理解している。だから、それを認めてもっと発展するように努力する」という旨の、当時としては型破りの内容でした。さまざまな葛藤や衝突の末に、歌手と事務所が時代の要求にたいして正当な回答を出したため、いまも若い女性たちがBTSを支持しているのではないかと思います。
小島:JIMINさんが着ていた原爆Tシャツをめぐる日韓のファンの歴史認識問題や、ファンダムの中で起きてしまった黒人差別の問題など、実はファン同士の分断は何度も起きていますよね。
一方で、原爆Tシャツの件では有志が詳細なホワイトペーパー(白書)を出すなど、分断に橋をかけるために自発的に努力しているARMYもいますよね。それがとても興味深いです。
多様化が進む社会で、いかに粘り強く議論を重ねて合意形成するか。しかも、それを他者に強いられる形ではなく、自発的にやる。理想的なモデルですが、実現するのは簡単じゃありません。なぜARMYは、そんな大変で手間のかかる努力を重ねられるのでしょうか?
イ:ひとつ確実なのは、ARMYは対話をやめたらすべてがストップしてしまうと考えているということです。「話し合いをやめたら成長することなく、悪い方向に進んでしまう」と、さまざまな事件を通じて知ったのではないかと思います。
原爆Tシャツ事件を例に挙げると、ARMYの中でも当時さまざまな立場の人がいました。韓国のARMY、日本のARMY、そのほかアメリカや、他のアジア諸国のARMY、ユダヤ人団体も。非常に複雑な状況のなか、それぞれのARMYが最善を尽くして対話していたのが印象的でした。
特に日本のARMYは、BTSのファンであるというだけで非難を浴びていましたよね。それを受けて無条件にBTSを守るとか、BTSは反日アーティストだから距離を置くとか、両極端なリアクションをする可能性があったにもかかわらず、多くの日本のARMYは無反応を貫く戦略を取ったと聞いています。どんな意見に対しても、反応をしない。それには強い意思が必要です。
例えば事件のさなかに日本でBTSのコンサートがあった時、コンサート会場にデモをする人がきたのですが、日本のファンは反応しませんでしたよね。それが日本のARMYにとって最善の策だったんです。また当時、ある日本のARMYが、翻訳機を駆使しながら韓国語で韓国のARMYに「これはいろいろな背景があってとても複雑な問題で、最終的にお互いに学び、ひとつになれるように信じている」というメッセージを発信しました。それが韓国でもたくさんリツイートされていたのを覚えています。
このように、ひとり一人が学ぼうとする姿から見えてくるのは、私たちは結局閉ざされた世界観・限られた視野でひとつの事件を見ていて、この事件について正しい視点を持っている人は誰もいないということでした。お互いが学び合う時間だったのです。
小島:学び合うことをやめないという姿勢は本当に大事ですね。BTSが好きで繋がっている人どうしが、お互いに理解を深めようとするだけでなく、それによってより良い世界を作ることを目指しているのはとても興味深いです。
かつて私にも「アイドルファンなんて……」と軽んじる気持ちがあったし、ファンの活動が社会を変えることなんてないと思っていました。むしろ、社会に関心のない人たちだろうと決めつけていたのです。今は、国境や既存の組織とは関係なく人々がつながることができるけれど、だからこそ様々な摩擦も生まれてしまいます。多様化にはつきものの意見の対立への対処法として、ARMYというファンダムが、ひとつのモデルを示してくれている気がします。
『BTSとARMY わたしたちは連帯する』
イ・ジヘン 著
桑畑優香 翻訳
2021年2月17日発売
46判 224頁
発売・発行:イースト・プレス
BTSはいかにして海外でパワフルなファンダムを集めたのか。なぜ海外の音楽チャートで強いのか。彼らが社会活動をする理由とは。熱烈なARMYで社会学者の著者が、ファンダムの視点からBTSを分析。日本語版には、古家正亨氏特別インタビュー「彼らは世界を一つにする象徴だから」を掲載。
取材/小島慶子
翻訳/桑畑優香
対談・文/浅原聡
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