生粋のお嬢様の思考回路


早穂子は生まれも育ちも、今住んでいるのも港区白金台。大人になってから知り合った人は、それを言うと「どんなお嬢様ですか!?」などと言われるが、大学に入るまではそんなことを言われた覚えがない。

なぜなら周囲は皆、そのような人しかいなかったから。幼稚園から大学のエスカレーター式女子校で学んだので、友人知人はほぼ皆都心で暮らしていた。早穂子の家は一軒家であったが、学校の友人は皆、一軒家というよりはお屋敷、邸宅、あるいは趣向を凝らした超高級低層マンションに住んでいたため、自分の家は平均以下だとさえ思っていた。

しかし大学に入って、「外部」の友人が少しずつ増えてくると、自分が恵まれているということを自覚するようになる。受験らしい受験を1回もしなくて済んだのも、語学留学に何回も行ったことも、就職さえ今は亡き父のコネですんなりと商社の一般職に決まったことも、全てが有難いことなのだ。

早穂子はそのことに感謝していたし、だからこそ、その特権を存分に生かすのが義務だとさえ思っていた。

そう、恵まれたのならば、身の上の幸運を大切に活用する義務がある。棒に振ってはならない。

社会人となり、早々に会社の先輩とお付き合いをスタート、結果的にそのまま結婚したため、24歳で専業主婦生活が始まった。1年後、子どもを授かった時、早穂子は誓った。

自分が持っていた幸運の全ては、この子に還元しよう。

 

まずは育つ場所。それまでは夫の陽一と東横線沿線の小綺麗な賃貸マンションに住んでいたが、学校や環境、習い事の選択肢を考えるとやはりホームである白金台が望ましいと思われた。しかしいくら陽一がエリートサラリーマンでも、白金台に早穂子が気に入るようなマンションを購入するのは難しい。

そこで早穂子はその頃はまだ元気だった両親に頼み、実家を改築して独立型の二世帯住宅にしてもらい、そこに住むことにした。

 

陽一は最初、難色を示したが、改築費の一部を住宅ローンで捻出するにしてもマンションを購入する半分ほどで済む。しかも普通ならば住めない白金台。月々の返済額やメリットを計算すると、頭が良く合理的な性格が奏功してOKが出た。

これでまず、早穂子の大いなる強み、「白金台に実家がある」というポイントを息子に還元することができた。そしてそれを皮切りに、さまざまな「持っているもの」を活かして子育てをしてきた。

光輝が産まれてすぐに伝手を使って名門幼稚園の園長にご挨拶に行き、席を確保。そのまま小学部に進学するも、これからの時代はしっかりと勉強をするべきだという結論に達した早穂子と陽一は敢えて中学受験に挑戦。壮絶な努力の末、光輝はなんと都内の超難関男子校に合格を果たす。

経済的に不安はなかったので、早穂子は光輝が生まれてからずっと専業主婦だ。これもまたいくつかの幸運が重なった結果だろう。早穂子は甲斐性のある夫と家を与えてくれた親に感謝しながら、そのおかげで発生した時間とパワーで大事に息子を育てた。光輝は早穂子の献身的なサポートを受けながら勉強に邁進、現役で東京大学合格。そのまま一流銀行に就職した。今では自立し、恵比寿で1人暮らしをしている。

「どうしたら光輝くんみたいな息子になるの?」などと人に訊かれ、「私はなんにも。トンビが鷹をうんだのよ」と答えるのが母親の絶頂でなくてなんであろうか。

そしてその集大成が、今日。光輝が初めて彼女を連れてくるという。早穂子の脳裏には、光輝の結婚式でエンドロールビデオを見てむせび泣く自分の姿がくっきりと浮かんでいたのだった。


想定外の彼女、登場


「こんにちは、桃田真凛です、よろしくでーす」

その4時間後の17時。

腕によりをかけて作るディナーが完成する前に、約束の時間より1時間も早く、二人はやってきた。