1年ちょっと前、婚活をしてみたことがあった。

仲の良い女友達が結婚相談所に登録したのがきっかけで、「何それ面白そう」と新手のアプリをダウンロードするくらいの気軽さで自分もやってみることにした。

 

僕が登録したその結婚相談所では、最初にスタッフのカウンセリングがあった。事務所を訪問し、受付で名前を告げると、しばらくして「今日から私が担当します」と女性スタッフが迎えに来てくれた。清潔感のある黒のスーツに、温和な微笑み。自己紹介で「結婚相談所で働いています」と言われたら「ですよね!」と言いたくなるくらい、イメージ通りの人だった。顔は芸能人に例えるなら、俳優の山下容莉枝さんみたいな感じ。なので、ここからは彼女のことをヨリエさんと呼ぶ。ヨリエさんのいかにも結婚相談所な雰囲気に、結婚相談所に来た感が突然2割増しになって、僕もついテンションが上がる。

ヨリエさんは、パーテーションで仕切られた小さな個室に僕を案内してくれた。デスクにはパソコンがある。どうやらそこに僕のプロフィールを入力するらしい。家族構成はどうだとか、タバコは吸うかとか、なるほど確かに結婚となったらそういうことも気になるよね、という項目が随所に挟まれていて、これまた結婚相談所に来た感が3割増しになって、ますますテンションがぶち上がる。

すべての項目を入力し終えると、ヨリエさんがその内容を確認する。最初の違和感は、そのとき訪れた。ヨリエさんは僕の回答を見て、ほんの少し何かを懸念したように片眉だけをぴくりと上げた。

「横川さん、ここなんですけど」

そう言ってヨリエさんが指し示したのは、飲酒についてだった。お酒を飲む頻度に関して【よく飲む/付き合い程度/飲まない】と回答が分かれていた。「横川さんは、どれくらいお酒を飲まれますか」と聞かれて、「そうですね。基本的に毎日寝酒で2〜3杯はやりますね」と答えた。すると、ヨリエさんは「そうですか。じゃあ、こっちにしておきましょう」と僕が選んだ【よく飲む】を【付き合い程度】に下方修正した。

え? そうなの? ヨリエさんのあまりにナチュラルな修正に、「これが文書改ざん……!」と頭の中でモリとかカケが乱痴気騒ぎを起こしはじめる。まあ確かにこういう場でお酒をよく飲むというのは印象が悪いのかもしれない。けれど、【付き合い程度】とするには僕の酒量はヤンチャがすぎる。なにせ他人と飲みに行くとまっすぐに帰れた試しがなく、気づいたら印西牧の原駅の植え込みで朝まで寝ていたことがあるくらいだ(ちなみに当時の住居は押上。直線距離でも30kmは離れている)。

しかしヨリエさんはまるで悪びれた様子は見せない。きっと婚活市場ではこれくらいの嘘はよくあることなのだろう。いや、嘘というのも大袈裟で、これは大人の社交場におけるエチケット。そうザワザワする胸を必死になだめて気持ちを落ち着けてみた。すると再びヨリエさんは眉をひそめた。

「横川さん、ここはどうして空欄なんでしょうか」

ヨリエさんが指摘したのは、希望する女性のタイプの項目だった。年齢、婚姻歴、家族構成といった基本情報がそこにはびっしり並んでいた。