弱者を優遇することは不平等か?「逆差別だ」の声が無視しているもの


たしかに、ウ・ヨンウはある種の逆差別(=優遇するという差別、えこひいき)を受けています。「弱者だから」と皆に助けられ、ミスも大目に見られる。その結果、周囲より優位な位置に立ち、先んじていく。一瞬、たしかに……と納得させられてしまうものがあります。それゆえスヨンも思わず言葉を失ってしまったのでしょう。

……でも! ここはあえて強い言葉で言わせていただきますが、これはとんでもない詭弁です。なぜならミヌは、自分が受けてきた「得」には全く目を向けず、ただただウ・ヨンウが受けたごくわずかな「得」にだけ注目して文句を言っているからです。ではミヌが受けてきた「得」とは何か? そう、それは「男性」という最強の「得」です。

韓国は強烈な男性優位社会だと言われています。もしミヌが女性だったら、あるいは自閉症を抱えていたら、ドラマ内で描かれている能力を見る限り、彼らがいる大手弁護士事務所に採用されることはなかったでしょう。もっと遡れば、ミヌはどうやらそこまで裕福な家庭の出身ではないようなので、女性だったら大学を出てロースクールにまで通う、なんて教育すらも受けさせてもらえなかったかもしれません。でも彼は今、大手弁護士事務所に勤める高給取りの弁護士となっている。つまり、ただ男性であったというこの一点で、彼はこれまで想像を絶するほどの多大な「得」を享受してきているわけです。それを、ウ・ヨンウが女性であること、障害を抱えていることなど膨大なハンディを乗り越え、その先にごくわずかな「得」を得ただけで、間髪入れず「けしからん」と怒り奪おうとしている。どこまで欲ばしいんだ!と私は思ってしまったのです。

このミヌさんの理屈は、アメリカで巻き起こっているある問題と根底が同じだと思いました。アメリカでは大学入学選考の際、人種優遇措置なるものがとられることがあります。黒人やヒスパニック系の人たちは、白人に比べて貧しく良い教育を受けられる機会が少ないため、同じ選考基準ではどうしても不利になってしまうから。それゆえ、同じ点数でも白人学生は落とされマイノリティ人種の学生は合格する、といったことも起こるわけですが、多くのアメリカ人は、「不平等を是正するためには致し方な措置だ」と納得しているようです。

しかし白人の中には、これを「逆差別だ」と感じる人たちが一定数います。実際、この問題に関する裁判は常に起こり続けていて、止む気配はありません。が、ここでも私はやはりこう思うのです。アナタたちはこれまで白人ということで余りあるメリットを受けてきたんじゃないか? それでも黒人やヒスパニック系が手にしたわずかなメリットが許せないのか?と。

同じような主張は、日本の会社でも起きていると思います。昨今は女性管理職を増やすことを目標とする企業が増えていますが、この方針に対してこんなことを言う男性たちも少なくありません。「女性という理由だけで能力もないのに管理職になって、迷惑だ」と。要するに、「逆差別だ」という意味でしょう。しかしアナタたちはどうなのか? 男性というだけで能力もないのに管理職になった人はいなかったのか? それは差別ではなかったと言い切れるのか……。

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自閉症などの障害を抱える人や、女性というのは、組織においては数が圧倒的に少ないため、どうしても贔屓をされると目立ってしまいます。それゆえ出る杭は打たれるではありませんが、「逆差別されている」と攻撃を受けてしまう。でも男性は、その数があまりに多く贔屓されることが当たり前になっているため、贔屓そのものが目立ちません。それゆえ私たちは、「ウ・ヨンウは逆差別されている」、「ウ・ヨンウは強者だ」という理屈にうっかり納得してしまいそうになります。が、ハッキリ念を押しておきたい。ミヌの一見一理あるように思える理屈に騙されないで! と。

 

ワーワーわめいてしまいましたが、『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』は本当に秀逸なメッセージ性を持ち、かつ心温まる素晴らしい作品です。よろしければ、私のこの遠吠えを心の片隅に止め置いて、楽しんでいただければ嬉しく思います……。
 


取材・文/山本奈緒子
構成/坂口彩
 

 

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