ビジネスライクに進めた、不妊治療


「仕事をする中で、もともとKさんはとてもリベラルな人だとは思っていましたが、プライベートな話もするうちに、仕事面だけでなく人としても気を許せるようになりました。

私が実は結婚せずに子どもを産みたいと思っていることを話しても、反応はごくフラット。むしろ彼の経験談は、私の参考になることばかりでした」

普通の女性なら、男性に「3家族も養っている」と言われたら少なからず驚いたり敬遠してしまうと思います。けれど千尋さんにとっては、むしろ共感が芽生えたそう。

「何というか……Kさんは、人生3周しているような落ち着きがあって。3家族も養っているくらいなので、きっと過去にはいろいろあったのだと思います。でもプライベートな話をするようになってもビジネスライクな関係は変わらず、私が警戒するような行動や発言はしないし、下心みたいなものも感じず、淡々と相談に乗ってもらっていました」

 

「そして、私が男女関係が苦手なこと、自然妊娠ができないことなども打ち明けるうちに、『それなら、もし千尋さんが良ければ、私が協力しましょうか』と言ってくれたんです」 

 

こうしてKさんは千尋さんの協力者兼パートナーとなり、やはりビジネスライクに出産計画を話し合うようになったそうです。

「家庭を持つことや育児に関してもKさんの方が先輩なので、出産を前提に一人暮らしの家から引越しを勧められたり、実際に彼のお子さんにも会わせてもらったりしました。Kさんはすでに3人のお子さんがいて、週1回子どもたちに会っています。その様子も何度か見て、私も将来を具体的に想像できるようになりました」

そして千尋さんは、とうとう不妊治療を開始します。「結婚をせずに子どもを産みたい」と思ってから、ちょうど2年ほど経った頃でした。

「不妊治療は私が主導で進め、病院探しや検査、タイミングなども業務連絡のようにKさんにお願いしていました。『この日に採卵予定なので、同行をお願いできますか?』という風に」

お話を聞いていると、千尋さんとKさんの間には特別な絆があるような印象も受けますが、やはり一貫して男女関係や恋愛感情は一切ないと言います。

「いまだにお互い“さん付け”で呼び合ってますし、敬語も崩しません。スキンシップはもちろんですが、デートみたいなこともしたことはありません。お互いの交友関係やプライベートにも、敢えて触れないようにしています。必要事項は日中にお茶をしながら、仕事と変わらないテンションで決めていきました」

また経済面については、Kさんの方から弁護士を交えて公正証書を作ろうと提案されたそうです。

「妊娠して安定期に入ったら認知をしてくれるのは安心でしたが、公正証書と聞いたときは少し躊躇いました。すでに私の意思でKさんに協力いただいている形なのに、あまり気が進まないというか、違和感があって……。

基本的には1人で産んで育てるという考えなので、そこまでは……と思っていたのですが、よく考えた結果、1人だからこそ特に経済面は万全にしておくのが、私ではなく子どものためなのだという結論になりました。養育費の金額や支払い方法、タイミングなどもシステマティックに決めました」

そうして順調に進んでいた出産計画。

千尋さんは初めての体外受精で妊娠が判明しました。けれどその後まもなく、流産となってしまったのです。