そして、決壊した。その夜、僕はもう完全にダメになってしまって、こんなふうに見ず知らずの人から悪く言われてしまう自分は、人間として粗悪品なのだと思い込んでいた。自分が人として欠けているから、こんなにも人を不快にさせてしまうのだと結論づけることでしか、自分を守れなくなっていた。

いっそ大泣きしてしまいたい。だけど、ひとりだと泣くきっかけさえ掴めない。涙は頬骨のあたりまでせり上がってきている感じがするのに、まるで勢いの足りないポンプみたいに、そこから先はいくらレバーをピストンさせても、ぽろりとも出てこない。

 

もう仕事も全部やめて、ひっそりとどこかで暮らしたい。観念したようにベッドに転がり、ぼんやりと天井を見上げていると、仲の良い女友達からLINEが来た。内容はいつも通りの他愛のないもので、あと2時間で日付が変わるのにまったく仕事が終わらないという愚痴を彼女はこぼした。僕もそれに相槌代わりの返事をし、何度かやりとりをしたあと、不意にどうしようもなくなって、短くこうLINEした。

「今から飲まない?」

普段の僕なら絶対にしない。もう22時を過ぎていた。どう考えても非常識な時間だし、しかも彼女はまだ仕事中だという。相手の迷惑なんてちっとも考えていない。自分の都合しか頭にない誘いだ。既読がついたまま、しばらく彼女から返事は来ない。急に恥ずかしくなって、僕は「いや!今度でいいよ!w」と語尾に草を生やして誤魔化した。すると、それと行き違うように、ぴこんと画面の左側に吹き出しが浮かんだ。

「2時からならいいよ」

明日も仕事だ。20代のときみたいにオールで飲んで、そのままシャワーだけ浴びて会社に行けるほどの体力はもうない。普通に考えたら、さっさと寝た方が絶対に健康的だ。

でもあのときの僕には彼女がくれた「2時からならいいよ」が、空から降ろされた梯子みたいに見えた。

「行く。モエ・エ・シャンドン買っていくわ」

そう僕は返した。すると彼女は「手土産にモエ・エ・シャンドンを買う男はダサいw」と草を生やした。それを見て、僕はほんの少し笑った。

夜中の2時。ふた駅先の彼女の家に自転車で駆けつけた。玄関のドアを開けた彼女はボサボサの髪に眼鏡姿で、どう見ても客人を迎える恰好ではなかったんだけど、僕は「ごめんね」と短く謝って、モエ・エ・シャンドンとケーキを渡した。「30代の胃袋で夜中の2時にケーキはないわ」と言いつつ、結局2人してケーキを平らげた。モエ・エ・シャンドンはあっという間に空っぽになった。

正直、そこで彼女と何を話したのかはあまり覚えていない。自分が抱えているしんどさをここぞとばかりに吐き出した気もするし、そんなことはおくびにも見せず、くだらない馬鹿話に終始した気もする。でも、もうそんなことはどうでもよかった。この世に僕を嫌う人はいて、僕は嫌われてしかるべき人間なのかもしれないけど、夜中の2時にこうやって一緒に飲んでくれる人がいる。それだけで、あともう少しは生きていける気がした。