私のお城はいいお城


「ねえ彰人さん、私、このマンションがいいわ。ちょっと予算はオーバーしちゃうけれど、やっぱり絵里花のことを考えたら、都心のほうが塾や習い事のお教室も豊富だし。公立の小学校だって、港区ならばきっと熱心な家庭が多いから安心よ」

モデルルームを訪れ、営業マンが成約状況を調べているあいだ、多香子は夫の彰人に興奮気味に囁いた。贅を尽くしたモデルルームのリビングはホテルライクで、こんなところに住んだら毎日のちょっとした不満も不機嫌も吹き飛んでしまうに違いない。

共有ラウンジでは、住人専用の朝カフェサービスがあり、近隣の有名ベーカリーから届けられるデニッシュとコーヒーを食べることができるらしい。豪華なパーティルームやゲストルームは、予約すればホテルよりもずっと安く、両親や友人が宿泊することができる。

ここに住めば都会の洗練された、アッパークラスの暮らしが全て叶う。そのためならば月に数十万のローンなど、安いものだと思えた。幸い彰人が経営する飲食店は、都心の一等地に6店舗。7店舗目はシンガポールで、すでに着工していた。売上は順調で、港区を中心に凝ったカフェバーや会員制のラウンジを展開している。今住んでいる賃貸マンションも管理費と駐車場を入れれば40万円ほど。将来資産になることを思えば、投資家も注目しているこのタワーマンションを買ったほうが賢いはずだ。

「そうだな、立地もブランドも一流だ。社長一家としてゲストを迎えることもあるだろうし……信用という意味でも、このくらいのマンションに住んだほうがいいのかもしれないな」

彰人も、営業マンが置いて行った資料を満足気に何度もめくっている。予算は最高でも2億円、と事前に話し合っていたが、あともう少し足してここに住めるのならば……。2台ある車を1台にして調整すれば、月々の支払は賃貸とさほどかわらないと言った若い営業マンの言葉が心強い。

 

結局、多香子たちはそのマンションに申し込んだ。希望の間取りを考えると、高層階、中層階にそれぞれ1室ずつ合致する物件があり、両方に購入申し込みを入れたところ、抽選で購入権を獲得したのは高層階のほうだった。本音を言えば、中層階で充分だったし、それでも予算はオーバーしている。高層階はそれよりもなんと3000万円も高い。

 

しかし、多香子たちは清水の舞台から飛び降りた。彰人の飲食店経営は順調だったし、何よりもすっかりそのマンションが気に入っていた。他にもいくつも人気マンションを内見に行ったが、このマンションに比べればどこも似たり寄ったり。物足りなく感じてしまうのだ。

かくして、多香子は、この素晴らしい城の女主人となった。

誤算だったのは、このタワーには他にも数百人の「女主人」がいて、そのうちの2人が、絵里花の幼稚園時代のママ友だったということだった。