羨ましい、に隠された悪意


明菜が夫の賢治と結婚したのは24歳のとき。服飾の専門学校を出て、アパレルメーカーで働いていたときに友人の紹介で出会った。熱烈に押されてお付き合いがスタート、1年でゴールイン。

結婚について、「本当にうまくやったわね」というようなことをやっかみ半分で言われることがある。賢治は外資系法律事務所に勤務している弁護士。最近では「弁護士が飽和して稼げなくなってきた」なんて揶揄されることもあるが、超大手外資系ローファームにそんな話は無縁だ。

明菜と出会った頃には、10歳年上だったこともあり、賢治にはすでに2000万円ほどの収入があった。50歳近くになった現在では、パートナー弁護士と呼ばれる共同経営権がある立場になったことで収入は倍に跳ね上がっている。

それに対して、明菜は地方の一般家庭出身、大した学があるわけではない。ただ、少しばかりキレイな外見と愛嬌で、すっかり東京の富裕層の仲間入りをしたのだから、外野から嫉妬されるのも無理のない話だ。

昔の友人や、一部のママ友からの意地悪な視線は、やがて娘の亜美の品評という形になった。小学校受験で失敗してしまったとき、「お父さんに似れば、頭脳は心配なかったのにねえ」というママ友の言葉が、抜けないとげになっていた。

「見てなさいよ……亜美は、かならず第一志望に合格するんだから。超名門の制服姿を見てせいぜい悔しがるといいわ」

明菜は誰もいない広い豪奢なリビングで、1人つぶやく。

亜美が今度こそ、誰もが羨む学校に合格するように、明菜は綿密な計画を練ってきた。と言っても、明菜には自分で勉強を教えることはできない。正直に言って、テキストを見ても、冒頭からもはや何を言っているのかわからない。しかし頼みの賢治は忙しく、家は眠りに帰ってくるような状態。

そこでできることは、ネットワークを駆使して、「武器」を検索し、亜美に渡すこと。課金は惜しまない。それだけが明菜が他の母親よりも圧倒的に優位なポイントだ。

「あとちょっとよ。何が何でも、合格しなくちゃ」

明菜は何度も、呟く。

 

「あ、多香子さん! お疲れさま、うちの亜美、まだ出てきてないわよね? お夕飯の支度で時計見てなくて、ぎりぎりになっちゃった」

 

21時10分。家庭教師や個別指導塾を調べていたら遅くなってしまった。塾に焦って迎えに行くと、ママ友の多香子が定位置でスタンバイしている。

今日は多香子に会いたくなかったな、と明菜は思う。多香子の娘と、亜美は、同じクラスで同じ学校を目指している。