私たちには信じたいものを信じる思考グセがある


でもなぜ私たちは、最初の説明に捉われてしまいやすいのでしょう? そこにも、私たちが持つ思考の弱点が関係しているようです。

植原:“確証バイアス”といって、私たちはもともと信じたい情報だけを見て、不利になる情報を排除する、という思考の癖があります。ワクチンに関しても、もともと「打ちたくない」という思いがあり、そこに加えて政府への不信感も抱いていたりすると、確証バイアスによって「政府はワクチンの危険性を隠している」といった陰謀論に呑まれやすくなってしまうのです。昨今はSNSの影響も大きくて、もともとは軽く「打ちたくないなあ」ぐらいの気持ちで検索していたのが、そこから紐づけて勝手に「ワクチンはこんなに危ない」という記事をどんどん向こうから届けてくれる。それで、そういった視点のものばかり読んでいるうちに、打ちたくない気持ちが肥大化してしまうんです。今は情報環境がそうなってしまっているので、流されやすいパターンを知ったうえで、「別の説明もできるかもしれない」と意識しておくことが必要だと思います。

ちなみにこの思考の弱点を上手く利用しているのが、アメリカのトランプ前大統領でした。もともと多くの人にあった潜在的な思いを、敵か味方かの二極論に持っていくことで分かりやすく刺激している。彼の手法は非常に古典的ですが、現代でも有効だという教科書のような例ですね。

 

これからは速考術と遅考術の混合戦略が必要


もちろん、だからといってどんな場面においても遅考術を用いるべき、というわけではありません。状況によっては、早い判断が必要なときはあるもの。いや、むしろそういった場面のほうが基本的には多いと植原先生は言います。

 

植原:日常的なことにおいて、いちいち「私のこの判断にはバイアスがかかっているかも」なんてゆっくり考えていたら、何も前に進みません。むしろ速く考えたほうがいいし、速く考えても問題ないことがほとんどです。だから大事なのは混合戦略。いつでも遅考術を用いるのではなく、適切なときに用いる。ではその適切なときはいつか? 先に説明したように、人の思考が陥りやすい弱点パターンを知っておくと、その見極めができるようになるのです。

これまで日本は、受験戦争や出世争いといった厳しい競争社会であったため、皆、早く正解を出すことを目標に掲げてやってきました。それゆえ、時間がかかってもいいからじっくり考える、というスキルを磨いてこなかった。でも人間は時おり間違える生き物です。だからこそどこで間違えるか、どう間違えるか、を知っておくことは大事。でないと特定の見解やスタンスに、運が悪く取り込まれてしまう危険がありますから。
 

 

<新刊紹介>
『遅考術 じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』

著:植原亮
1760円 ダイヤモンド社

見た目も生年月日も両親も同じ2人。なんならDNAも一致するが、2人は双子ではないという。一体どういうことか――? モーセはすべての動物を何頭ずつ箱舟に乗せたか――? そんな質問とともに、人間が陥りやすい思考の罠や弱点をレッスン形式で分かりやすく解説した1冊。レッスンを通じて、思考の間違いを回避し、より良い思考を生み出す技を身につけられます!


撮影/市谷明美
取材・文/山本奈緒子
 

 

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