自宅を故意に締めだされる嫁。犯人は……?


たとえば雪が降った真冬の朝。ゴミを捨てに着の身着のままで玄関を出て、戻ってきたら鍵がかかっている。ちょっとそこまで出たつもりで、上着は着ていないし、素足に夫のサンダル。もちろん携帯もない。私は慌てて義両親宅につながるインターホンを押すが、反応はない。

その日、夫は朝から動物園に娘を連れていってくれていて、私は久しぶりに日曜のランチを一時帰国している親友と過ごす予定があった。義両親は家にいるはずだから、中から開けてもらうしかない。

インターホンが聞こえないのかもしれない。私は庭のほうに回り、1階の台所につながる勝手口をノックした。反応はない。そうっとノブを回してみるが、鍵がかかっている。

仕方ない。私は嫌味を言われるのを覚悟で、日曜の朝8時に、庭から大きな窓をコンコンとたたいた。リビングをのぞき込むが、義両親の姿はない。まだ寝ているのかもしれない。しかし、ゴミ捨てに出た数分でロックされたということは、どちらかが起きているはず。私が外にいることに気が付かず、鍵をかけて二度寝をしてしまったのだろうか?

 

その後、どんなにあちこちをたたいても気が付いてもらえずに、義母がリビングに30分後に来るまで、私は寒空の下、シャツ1枚で震えて待つことになった。私が庭先で震えているのを見て、義母は小さく悲鳴をあげ、中に入れると、「私もお父さんに締め出されたことがあるのよ。子供っぽくて嫌になるわ。本当にごめんね」と憤慨してくれた。

 

このような小さな嫌がらせが、何のためになされるのか、吞気者とよく言われる私にはさっぱりわからなかった。しかし、注意深く振り返ると、なにかされるときは決まって私が家を空けて自由に何かしようとしているときであることに気がつく。

お義父さんは時代錯誤な人で、嫁はいつも家にいて家庭を守るものと平気で口にしていたから、好き勝手にやっている私が気に入らなかったのだろう。友人と飲みにいった帰りに、玄関の外に大量に塩がまかれていたこともあるし、友人の結婚式の招待状が郵便ポストから抜かれたのか、届かなかったこともある。しかしいずれも「証拠」があるわけでなないので、正面きって糾弾するのも憚られた。そういうギリギリの線を攻めてくるのだ。

私は、心からお義母さんに同情したし、夫が義両親に対してどことなく冷たいのも無理なからぬことだと思って、必要以上には関わらないようにしていた。お義母さんは、私がされていたような嫌がらせなど比にならないような仕打ちに耐えていたし、夫とお義母さんが私の味方だと思えば、溜飲も下がるというもの。おまけにお義父さんは糖尿病や高血圧を患っていて、そう長くない予感もあった。

そんな調子だったから、今回お義父さんに末期がんが見つかり、2か月の闘病であっけなく逝ってしまっても、私たち夫婦は「78歳、好きに生きていい人生だったんじゃない?」と頷きあうだけだった。

むしろお義母さんが先に逝って、お義父さんがこの家に残されるような事態になったらと思うとぞっとする。お義母さんは病院で涙を流していたが、あんな夫でも情があるとは、優しい妻だなと思う。

お義父さんにつまらない嫌がらせをされるたび、いち早く気づいて助けてくれたのはお義母さんだった。「舅運」は悪かったが、もっと大切な「姑運」はあったものだと、私はキツくなった喪服をひっぱり整えながら考える。お義父さんのために高い喪服を買い直すなんてまっぴらごめんだったから、今回のお通夜と葬儀はこの服で乗り切るしかない。
 

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