葬儀の夜の、独白


「お義母さん、お疲れ様でした。……長い一日でしたね」

葬儀はごく近親者で行ったから、撤収準備はさほど時間がかからない。葬儀場には夫が最後の仕舞いに残ってくれて、娘は私の母が私の実家に連れて帰ってくれた。私と義母はお骨と少しばかりのお香典を持って、タクシーで自宅に戻る。

「でも、なんだかあっという間だった。あっけないものねえ」

お義母さんは、さすがにくたびれたのだろう。目を閉じてシートに寄りかかろうとしたが、小柄なので膝に抱いたお骨が重いのか、居心地が悪そうだ。すると次の瞬間、まったくためらう素振りもなく、お義母さんはお骨をタクシーの足元に置いた。たしかにシートの上ではブレーキで倒れてしまうかもしれない。しかしなんとなく憚られて「私が持ちましょうか」と声をかけた。

「いいのよ、ちょうどここにすっぽりとはまるもの。倒れないから大丈夫。翔子さんもお疲れ様だったわね。しばらくはバタバタして迷惑をかけると思うけど……。そうそう、お父さんの和室をリフォームするつもりなのよ」

「リフォーム? え? すぐにですか?」

昨夜、仏壇をどこに設置するかについて夫と少し話したとき、お義父さんが寝起きしていた和室の一角に小さくしつらえようと話していたのを思い出す。リフォームするならば、ほかの場所にするか、あるいはサイズやデザインを考え直したほうがいいだろう。

「お父さんの生命保険が少しはいるから。私、和室で寝起きするのがずっとイヤだったの。もう歳だからお布団の上げ下げがしんどいもの。リフォームして、床暖房を入れて、広いふかふかのベッドを入れるつもりよ」

 

夕闇の中を、タクシーがすいすいと進んでいく。ネオンに照らされたお義母さんの顔は、いつになく若々しく見えた。そういえば、お義母さんは12月生まれで、少しまえに69歳になったはずだ。お義父さんの闘病でお祝いを失念してしまったが、悪いことをした。葬儀の夜だというのに、私は呑気にもそんなことを思う。

 

私に意地悪をしていたお義父さんはもういない。お義母さんは人が良く、私の味方だったから、もう家の中に憂いはないのだと思うと、申し訳ないがホッとした。知人の誰が亡くなったとしても、涙を流すであろう私がこのありさまとは、義両親と嫁という間柄は近くて遠い、複雑なものだと思った。

「ねえ、璃子ちゃんのバレエ代のことだけどね」

唐突に、お義母さんの声で現実に引き戻される。話題の転換についていけずに、私は彼女の顔を見た。
 

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