「え? ああ、バレエですね、そういえば来月は発表会でした、このところバタバタしていたから、全然お伝えしてなくてごめんなさい」

璃子は、3歳から近所のバレエ教室に通っていたが、もっと本格的にやってはどうかと勧められて、小学校1年生のときに電車で3駅先のバレエ団づきの教室に通っていた。本格的なだけあり、衣装代や週3回のレッスン代はなかなかのもので、なぜかそれだけは義両親が月に3万円の援助をしてくれていた。

 

「これからは、私も独り身で心許ないから、お教室代は今月までということにしてね」

「え? あ、はい、そうですよね……」

 

もともとこちらから頼んだわけではない。教室の移籍の話が出たとき、夫がレッスン費を見て「なにもバレリーナになるわけじゃなし」と渋ったときに、義両親が援助を申し出てくれたという経緯だった。そういえば、お義父さんは、意外なほどに孫は可愛がり、バレエの発表会には幾分照れながらも来てくれたものだった。

お義母さんは、もう次のことを考えているような顔つきで、窓の外を見ている。援助がなくなると、このままバレエに通うかどうか、一度話し合わなくてはならない。

ふと、お義母さんはバレエ代を進んで出していたわけではないのか、と思い当たる。そう言えばお義父さんのほうが、孫の顔が印刷された発表会のパンフレットを買って嬉しそうに眺めていた。

「ねえ、翔子さん。これからは、私、今までのぶんも自由にやろうと思うの。だって50年も家に縛り付けられて、お父さんのもとで我慢してきたんですもの。いいわよね?」

「ええ、もちろんですよ。お義母さんは本当によくやったと思います」

「そうよねえ。だから、次は翔子さん、あなたに家をしっかり守ってもらわないとね。ちょっとこれまで、自由にしすぎてきたから、少し窮屈に感じるかもしれないけれど……仕方ないわ、それが嫁というものよ」

いつの間にか、タクシーは家の前についていた。お義母さんは、さっとお骨を抱えて門の中に入ってしまう。慌てて料金を支払い、後を追う。なぜだか動悸が収まらない。

玄関に入ろうとすると、お義母さんが葬儀場でもらったお浄めの塩を取り出した。

「ほら、翔子さんも。良くないものが家に入ったら大変よ」

そう言うと、自身と私を祓ったあとで、残りの塩をドアの前にぱっとばらまいた。

玄関先に散らばった、扇型の白い粉。

どこかで見た気がする。

お義母さんは、「ああ、くたびれた。お寿司でもとりましょうか」と言いながら、すでに家の中に入っていった。

取り残された私は、義母が無造作に置いた玄関のお骨を見ながら、これまでの「意地悪」の前後に彼女が何処にいたのかを、ひとつひとつ、思い返していた。

【第4話予告】
夫は海外駐在、3人の幼子と残された妻。「お手伝いさん」を頼むと、とてもいい人で……?

ありふれた日常に潜む、怖い秘密。そうっと覗いてみましょう……
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イラスト/Semo
構成/山本理沙
 

 

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