突然退職した夫。自尊心を保つためにとった迷惑千万な行動


「経営する古着店は黒字をキープしていました。アルバイトのスタッフも少しずつ増えていくのですが、あまりにも家で感情を殺して、暴言に耐えていた結果、ストレスで心身のバランスが狂っていきます。絶えず偏頭痛や胃痛に悩まされました。

そして一番自分でも恐ろしかったのが、なんだか心が奇妙な感じに固まっていって……うまく言えないんですが、他人の気持ちがわからなくなり、次第に自分が今笑いたいのか泣きたいのかさえもよくわからなくなっていきます。お店のスタッフやお客様の気持ちも、表情を見ているだけではピンとこないことがあって……自分で自分が恐ろしくなりました」

取材中、説明できないもどかしさが涼子さんに見て取れました。もともと直感型で、自分の気持ちに素直なタイプだろうと想像できる目の前の涼子さん。古着店を開きたい、といいう夢に忠実に行動し、夫に攻撃されて、すぐに離婚ができなくても専門家にアドバイスをききにいくなど、必死に活路を見出してきました。そんな涼子さんでさえも当時は自分をコントロールできないほど限界は近かったのです。

「ただ耐えていても、この夫婦関係はいびつなまま。お店の運営は順調だったので、働き方を変えるのは怖い気持ちもありましたが、少し現場にいる時間を削って、以前から独学で勉強していた心理学の学校に通ってみることに。

ただ『あー』と呟くだけではなく、心理学を組み合わせれば、いい変化があるかもしれないと期待しました」

 

しかし、ここで予想外のことが起こります。夫の圭佑さんが、勤めていた会社を辞めてしまうのです。「辞表をたたきつけてやった」というばかりでしたが、営業成績は常にトップレベルだった圭佑さん。涼子さんが以前から危惧していた、過ぎた後輩イジリのシーンが頭をよぎります。どうやら後輩からパワハラで訴えられたようでした。

 

転職活動をすると口ではいいながら、涼子さんのお店にやってきて、「俺はオーナーだ」という態度でスタッフに指示を出すように。そこに行けば、大きな顔ができて自尊心を保てるからでしょう。しかし当然、スタッフは急展開についていけません。涼子さんが心理学の学校に通う間は、シフトや接客について注文をつけに来るようになり、ほどなくしてスタッフから涼子さんに相談が入ります。

「職場にだけは、口を出さないでください。ようやく、軌道に乗ってきたのだから」と土下座して夫に頼んだという涼子さん。しかし圭佑さんは激昂し、「お前、オーナー気取りでちやほやされたいだけだろう!」「お前なんて俺がいなきゃゴミなんだ、思い知れ」と言い放ち、生活費や家賃を一切入れずに、自分はほかに部屋を借りると宣言、なんと実行に移したのです。

予想外の別居生活が突如始まりました。圭佑さんが経済的制裁のつもりだったのでしょう。実際、母子で放りだされた格好でしたが、そこは堅実な涼子さん、必死で貯めてきた貯金とお店の売上でなんとか生活を維持することができました。

そのまま離婚を考えなかったのですか? と伺いますが、涼子さんは首を振ります。まだ思い込みの呪いは解けておらず、暴言のあとの一時的な優しい言葉や、彼の淋しい幼少期の話を思い出し、自分が心理学的アプローチをもっと学んでいけば、彼を支え、いつか変わってくれる、それが自分の使命だという思考回路だったそう。

しかし、そんな涼子さんの想いと裏腹に、圭佑さんが出て行ったのは理由がありました。なんと彼は浮気に走っていたのです。

後編では離婚に向けた具体的な作戦、そして洗脳状態から抜け出すまでの葛藤に迫ります。
 


写真/Shutterstock
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙

 

 

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