諸外国は、日本とは異なり、業務に対して賃金を支払うという、いわゆるジョブ型の雇用慣行が一般的です。一方、日本では、組織に所属することに対して賃金を支払うという特殊な雇用制度が続いており、業務内容と賃金の関係が明確ではありません。

つまり業務に対して賃金を支払っているのではない、という部分に、身なりに関するトラブルが発生する余地が存在しているのです。

いくら服装が自由と言っても、欧米の企業においても、顧客対応をする社員が、顧客に対して不快感を与えるような服装は基本的に許容されません(金融機関などにおいてはスーツの銘柄まで指定されているところもありました)。従業員に対する厳しい服装規定が許容されているのは、当該業務にはどのようなスキルが必要であり、どういう人を採用するのかという基準がはっきりしているからです。

自身の振る舞いが、会社側が提示する基準に合わない場合には、その人は就職を希望することはないでしょうし、会社側も採用することはないでしょう。また途中から会社での環境が変わった場合には、自分に合った職場を求めてその従業員は転職していく可能性が高いと思われます。

イラスト/Shutterstock

つまり雇用が流動的で、働き方が多様であれば、自動的に企業と従業員のマッチングが行われ、多くのビジネスパーソンが自分に合った職場に移っていくのです。ところが転職が少ない社会では、こうしたマッチングが行われませんから、カイシャという狭い世界で、振る舞いをめぐりトラブルが続く結果となります。日本で起こっている職場での服装問題というのは、日本の雇用制度そのものと密接に関係していたわけです。

 

この話は、パワハラを恐れて、上司が部下に厳しく指示できないという問題にも共通します。

欧米にも、厳しい社風の会社とそうではない社風の会社があり、ビジネスパーソンは自分に合った企業を求めて就職や転職を行います。入った企業の社風が自身に合わないと感じれば、他の企業に自ら転職していくことになるので、トラブルに至らないことも多いのです。
 
日本でも近年、積極的に転職する人が増えてきましたし、ジョブ型雇用への転換を進める企業も出てきました。上記のように雇用形態と社風というのは密接に関係しています。自身にあった職場で働くことは、精神衛生上とてもよいことですし、社会全体の効率という点でもよい効果をもたらすことでしょう。

 


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