誘う女


「それでね、私が前からおススメした通り、このサプリが本当にアトピーやアレルギーに効果があるの。私もね、今ではこの通りツルツルだけど、20代の頃は肌荒れに悩んでいてね。人前に出るのが辛くて皮膚科やエステ、いろんなところに通ったのよ。でも全部だめ。途方に暮れていたときにキミコさんに助けていただいたの。このサプリと『集まり』を紹介してもらったおかげで人生が変わったのよ」

後から来た2人のうち、30代のほうが切々と訴えている。畳みかけるように、40代のほう「キミコさん」が頷いた。

「あの頃のアユミさんは、そりゃあ迷走してたのよね……思い出すわ。なんとか助けられないかなと思って、色々紹介したら、体質も変わってきてね。『集まり』では、旦那様まで見つけたんだから、はっきり言って人生が劇的に変わったということよね」

30代の、奇妙に明るいトーンで話すセミロングの女「アユミさん」と、いかにも気の強そうな40代の「キミコさん」。そしてその猛禽類みたいな2人に挟まれて、ひたすらうつむく20代の「チサトちゃん」。

 

3人の中でチサトちゃんはダントツに野暮ったく、発話数も少ない。というか、斜め下30度を見ながら、こくこくと頷くばかりだ。10秒に1回ほど、長袖のカットソーの手首の当たりをカリカリ、カリカリと掻いている。

 

――うわ……今時まだいるのね、ファミレスでマルチ商法の勧誘をする人!

36歳にもなれば、この世のおよその仕組みがわかってくる。21時に駅前のファミレスで、さして親しそうでもない年代バラバラの3人組がこんな話をしていれば、その「目的」にピンときた。

私の席からは、チサトちゃんの表情が良く見える。その隣とお向かいに座っている女2人の「下心」も。はっきり物を言えない若い女の子に、しょうもないサプリを売りつけようとしているに違いない。

割ってはいろうかな、という考えも浮かぶ。でも、タイミングも分からないし……どう考えても反撃されるのが関の山だ。それに未成年ならまだしも、チサトちゃんも大人。都会では、降りかかる火の粉は自分で払わなくては。

私は極力そちらを気にしないようにして、執筆のための資料をなかば音読する勢いで読み込んでいく。

10分ほど、ありがたい講釈が続いたようだった。不意に、キミコさんがにこやかに「失礼するわね」と席を立った。

――お! 帰るの? チサトちゃん解放された!? 

と、内心喜んでいると、残念ながらキミコさんはカツカツとお手洗いに入っていく。ちょっとがっかり。獲物として狙いを定められているチサトちゃんのことがどうにも気になる。

「ねえ、チサトちゃん。キミコさんて本当に素敵な人でしょう?」

キミコさんが居なくなると、アユミさんは素早く距離を詰めて来る。

「は、はい、そうですね……」

「よかった! チサトちゃんならそう言ってくれると思ったの。紹介できてよかったわ。キミコさんはね、『ちょっと信じられないような力』があって、彼女の『夢見』って凄いのよ。チサトちゃんが人生で出会うべき人がどこにいるのか教えてくれるの。さっきも言ったように、私の主人も見つけていただいたのよ。チサトちゃんも、もう33歳。そろそろパートナーが欲しいと思ってるはずよ?」

――33歳!? マジ? だいぶ幼く見えるね……。そしてアユミとキミコ、サプリだけじゃないの!? 

私は思わず、ぐるんと首を隣のテーブルに向けてしまい、慌ててドリンクバーをチェックしてます、みたいな顔をする。アユミさんはちらりと私を見たが、イヤホンをしているのを見て、警戒を解いたようだった。じつはイヤホンの音楽はとっくに途切れている。

「ね? せっかくだから、まず限定販売のサプリを試してみて。それでキミコさんに目をかけてもらえるのよ。そう考えたら安いものだし、効果は本物なのよ! チサトちゃんの肌荒れもきっと治るわ。

本当は有名人も並んでいるキミコさんの『夢見』だけど、妹分になって可愛がられたら、きっとチサトちゃんもアドバイスしてくれるよ。

ねえチサトちゃん、今までひたすら真面目に生きてきても、なんだか人生うまくいかなかったんじゃない? それはね『やり方』を知らなかったからなのよ。この世の中にはね、『やり方』を知ってる人が大勢いて、既得権益を融通し合ってるの。だから無知だった昔の私やチサトちゃんはいつも損をする。

でもついにチャンスがきたのよ。キミコさんに気に入られれば、今まで損ばかりだった人生にサヨナラできるの」

チサトちゃんの表情が、今日、初めて動いたのが私の目にもわかった。
 

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少しずつ変化していく3人の女の様子に、隣の彼女は……?
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