自分の嫌なところも全部吐き出せたから夫婦になれた


志麻 料理の道に進むと決めたとき、私は「結婚しない人生」を送るかもしれないなって、実は思ってた。女性が厳しい世界で一人前になろうとしたら、家庭を築くのは難しいだろうなと想像できたから。でも、もっと根本的な理由は、私が自分に自信がなかったから。コンプレックスの塊で、幸せな家族関係をどうやって育てていいかも分からなくて。弱い自分を見せるのが怖かったんだと思う。

私は仕事で手を抜くのは絶対に嫌で、自分に厳しくするあまり、人に対しても厳しく接してしまう癖があって、レストラン時代に同僚とぶつかることが何度もあった。人間関係で挫折してたんだよね。そんな自分が嫌で、でもどうしたらいいか分からなくて、他人と親密になりすぎるのをずっと避けてた。

ロマンはそんな私の嫌な部分の告白を、全部聞いてくれた。ずっと人に言えなかったし、言うのが怖かった私を変えてくれたのがロマン。「この人だったら、ずっと一緒にいられる」と思えたから、夫婦になろうって決めたんだ。

 

ロマン 最初は全然話してくれなかったよ。

志麻 うん、自分の嫌な部分を口にするのが怖かったから、黙っていた。でも、ロマンは待ってくれたよね。私の心が開くまで、粘り強く聞いてくれた。ただ聞くだけじゃなくて、「全部出しちゃおうよ」って引っ張り出してくれた感じ。

 

ロマン 僕も全部話したよ。小さい頃から抱えてきたいろいろな気持ち。

志麻 そう。付き合い始めてすぐくらいのときに、大ゲンカしたことがあってね。でも、ロマンは絶対に別れたくないって言って。「どうしてそこまで?」と聞いていったら、時間をかけて全部話してくれた。

ロマンも話してくれたから、私も話しやすかったというのもある。それでも自分の話をするのが苦手で、何度も何度もロマンに問いかけてもらって、ようやく言葉が出てくるようになった。「もっとしゃべって」「言いたいことは、口に出して」としつこいくらい。ロマンは諦めなかった。

ロマン 志麻が好きだから、諦めないよ。

志麻 それまでの私は、自分の嫌な部分をさらけ出すと、軽蔑されたり、失望させてしまったりするんじゃないかと不安だったし、そもそも相手にとって負担になるんじゃないかと感じて、「大丈夫、大丈夫」と強がっていたんだと思う。人に対して初めて話すことができて、心にずっと詰まっていたものがスーッと流れてラクになった。

ロマンがどう思うか心配だったけれど、汚い私、情けない私を全部話した後も、ロマンの態度は何も変わらなかった。「ああ、この人だったら、なんでも言っていいんだ」って安心できた。

一晩かけて、お互いの全部を話し切ったときに、「これから先もこうやって話すことができれば、私はロマンを理解できるし、私もロマンに理解してもらえる」と自信を持てた。

そこから先は結婚まで早かったね。年齢が15歳離れていて、国籍も違う私たちだったけれど、「この人とだったら」と強く思えたから、もう迷わなかった。

著者プロフィール
タサン志麻さん

1979年、山口県生まれ。大阪あべの・辻調理師専門学校、同グループ・フランス校卒業。フランスの三つ星レストランで修業後、日本の老舗フレンチレストランなどで料理人として15年間勤める。2015年に夫・ロマンと結婚し、フリーランスの家政婦として独立。家庭にある食材を使い、3時間で10品以上を作る腕が評判となり、「予約の取れない伝説の家政婦」として注目される。

タサン・ロマンさん
1993年、フランスのル・ブルジェ生まれ。9歳のときに観たアニメをきっかけに日本に興味を持つ。電気工事やリフォームの仕事を経て、2013年、日本語を学ぶために来日。アルバイト先で出会った志麻と2015年に結婚。飲食店などで働いたのち、第1子と第2子の誕生を機に仕事を辞め、志麻の仕事のサポートと家事・育児に専念する。2021年に第3子が誕生。

『この人と、一緒にいるって決めたなら タサン志麻&ロマン、私たちの場合』
著者:タサン志麻、タサン・ロマン 日経BP 1760円(税込)

“伝説の家政婦”タサン志麻さんと、夫のロマンさん。どちらかだけが頑張るんじゃなく、お互いが尊重し合いながら支え合う。そんな自然で、新しい「大切な人とのパートナーシップ」について、志麻さんとロマンさんが会話形式で楽しく語り尽くします。家を「一番素直でいられる場所」にするには? 子育ての「正解」は? 夫婦が毎日のコミュニケーションの中で見つけた、大切な人と笑顔でいられるヒントを知れば、肩の力がふっと抜けるかもしれません。二人の思い出にまつわるレシピも収録。


撮影/キッチンミノル
構成/金澤英恵