BTSも活動を休止することで、立ち止まる勇気を示そうとしていたはず
ハン:最近はアイドルの心身に余計な負荷をかけたくないと思うファンも増えている気がします。それこそ、小島さんが今回私にお声がけくださったきっかけになったフェミニズムマガジン『エトセトラ』vol.8「アイドル、労働、リップ」もそうですが、アイドルという存在の大切さを知るからこそ、“消費”の対象にしていないか自省し、労働問題やルッキズムについて考えるような。
小島:アイドル側も「完璧でなければ評価されない」という強迫観念を抱くのかもしれませんね。アイドルとはちょっと違いますが、最近、世界で最も有名な日本人と言われる“こんまり”が片付けの優先順位を下げたことに驚きました。部屋を散らかしただけで世界を震撼させたのは、人類で近藤麻理恵さんが初めてだと思います(笑)。従来の文脈では「あのこんまりも、子育てに負けた」と見られそうなことですよね。でも、私はむしろ成功だと思ったんです。書籍だけでも累計1400万部以上売れていて、番組はエミー賞をとっているような桁違いの人気で世界中に熱烈な支持者がいるのに、自分の人生を大事にして、看板をあっさり手放すことができたのは、勝利だなと。ファンの期待を背負い続けてしまうアイドルとは、対極の決断かもしれない。こんまりとアイドルでは、ビジネスの構造が違うのはもちろんなんですが。
ハン: まあそこは難しい……。やっぱりファンあってのアイドルですからね。BTSだって、兵役を前にグループ活動を休止はしましたが、さすがにすべてを手放すことはできない。まあ、したいかどうかもかわかりませんし、する必要があるかどうかもわかりませんが。ただ、会社を支えている存在なのはもちろん、韓国の経済や株価にすら大きな影響を与えてしまう存在になってしまったから……。実際にグループ活動の休止を発表した後、BTSの成功を糧に中小の事務所を買収することで今や韓国の芸能事務所のトップに君臨するHYBEの株価は急落しました。
小島:私が気がかりだったのは、彼らがソロ活動に専念する直前、バイデン政権の人気取りに巻き込まれていたこと。ホワイトハウスに呼ばれて、アジアンヘイト(アジア人に対する攻撃や憎悪)に関するスピーチをしていましたよね、もちろん全世界に向けた極めて重要なメッセージなのですが、バイデン氏がBTSをホワイトハウスに招くことで、民主党政権に対する若年層の好感度アップを狙う意図は確実にあったでしょう。当時の韓国与党の手柄にもなります。このような国家間の外交のツールになるほどの影響力を持ってしまったら、自分の人生を生きることができなくなるという危機感を覚えてもおかしくないですよね。そこまでの存在に彼らを押し上げたのはARMYだと考えることも可能で……。つまり、私も含めファンたちがBTSに期待したものが、あまりにも大きすぎたのではないかと。
ハン:なるほど。でも実際のところARMYはそこまで期待していたのでしょうか?
小島: 外交ツールになることなんて期待していないでしょうけど、少なくとも私にとっては「世界は確かに変わりつつあるんだ」と信じさせてくれる存在でした。アジア系移民としてオーストラリアで子どもを育てている私としては、白人優位、欧米英語文化主流のポップカルチャーの大舞台をBTSが席巻する様子は、人種的・言語的マイノリティとしてずっと期待していた新しい世界が幕開けしたような幻想を抱かせてくれたんです。彼らにそんな意図はなかったとしても。
本来、音楽は政治や権力など既存の価値観に対するカウンターカルチャーであって、パン・シヒョク氏が立ち上げたばかりの小さな事務所からヒップホップアイドルとしてスタートしたBTSは、熾烈な競争社会の理不尽さと反骨精神を歌って共感を呼び、やがてグローバルな支持を得るまでに成長してきたはず。なのに、最終的に権力に利用されてしまうポジションに帰着してしまった。そこになんとも言えない悲しみを感じてしまうんです。そしてあれだけ国家経済と文化外交に貢献しながら、クラシック音楽家やアスリートと違って、彼らは兵役免除の対象にはならなかったわけですよね……。
ハン:いわゆるBTS現象はメンバーだけの力だけではなく、いろんな要因が重なり合いながらあそこまで大きくなったと思うし、メンバーが自分たちだけの意思でコントロールできなくなっていたのはおそらくそうでしょう。まあ、それはもとからそうかもしれませんが……。そういう意味では、ソロ活動に専念したうえで兵役をまっとうするのは、立ち止まるためのちょうどいいタイミングだったのではないかと個人的には思っています。
韓国は日本と比べるとアイドル文化の新興国なんですね。今にいたるK-POPが生まれたのは90年代に入ってから。その後、現在のかたちのアイドル・マネージメント・システムが確立され、ファンダム文化も定着していく。しかも男性グループの場合、兵役でキャリアが中断されることもあって、日本ほど長年にわたって活躍するアイドルは多くなかった。こうした中、アイドル文化はあくまでも若者のものでした。
ですが近年はSuper Juniorなど、兵役後にも息の長い展開を見据えた活動を続けていたり、兵役がないにもかかわらず寿命が短いとされていた女性グループも、少女時代やKARA のように再集結してカムバックを果たすグループもでてきています。年末の音楽特番でもトリにレジェンドとしてBoA が出てきたり、若いグループが’90年代の元祖K-popの楽曲をカバーしたり、つまりK-POPが歴史化され、再帰的な流れが生まれてきたのがここ数年です。
これから、韓国のアイドルファンももっと高齢化していくことが予測できますし、日本のようにいわば“大人の嗜み”として推し活をする人も増えていくのではないでしょうか。すでにそういう傾向は出てきています。
小島:BTSも兵役でキャリアを一旦リセットすれば、過度な期待を背負うことなく自由に活動できるようになると思いますか?
ハン:それは分かりません。ただBTSはコロナ禍ですらファンダムが拡大していたし、あのまま活動を続けていたら、もしかすると全員が完全に燃え尽きてしまった、ということもあったかもしれません。だからこそ長い目で見たら、いったんお休みすることはよかったのだろうと思います。
第一回はここまで。次回は、アイドルがもたらす日韓の未来への期待についてお話は続きます。
撮影/市谷明美
取材・文/浅原聡
構成/坂口彩
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