どんな成功も肩書きもいつかは消える。いったい何を悩むことがある?


組織の肩書きは、やがて消えます。どんな成功も必ず忘却されます。なぜってみんな、生きるのに忙しいから。他人のことはそういつまでも覚えていられないのです。

私は局アナだった時、いわゆる会社員としての肩書きには全く関心がなく、退職するまで自分の職位をわかっていませんでした。渡された書類に主任何号みたいなのが書いてあったけど、一体何のことやら(平社員の格付けってあるんですか?)。でも、レギュラー担当番組の数や、自分が出ている番組の視聴率や放送時間帯なんかは結構気にしていました。他の人と比べては一喜一憂していたのです。街で「ああ、アナウンサーさんですね、ええとどこの局でしたっけ?」と言われたりすると「私はまだだめだ、もっと有名にならなくちゃ」などと焦って、どんより落ち込んだものです。会社を辞めてアナウンサーを廃業してからも言われますが、今は「はーい、どうも小島慶子といいます。はじめまして!」と喜んで挨拶しています。

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放送局を辞めてみて分かったのは、世間はアナウンサーにそこまで興味がないのですよね。よほどのテレビ好きかアナウンサーウォッチャーでない限り、どこの局にどんなアナウンサーがいてレギュラーが何個かなんて、覚えていません。私は独立してからこのかた、仕事と子育ての両立やら日豪往復やらにてんてこ舞いでテレビを見る時間がほとんどなくなったため、飛び抜けて有名なアナウンサー以外は、どんな局アナがいるのか全くわからなくなりました。そして仕事の現場で出会う放送局のアナウンサーはみなさんスキルが高くて、すごいなあと素直に思います。その人が注目株か人気の新人かなんてわからないけど、とにかくみんな素敵だなあ、輝いているなあと本当に眩しいのです。

 

そうなってから、つくづく思いました。そうか、もしかして自分もこんなふうに見えていたのかもしれないな。あんなに人と比べて悩まなくてもよかったのに。“女子アナ”ゴシップ好きのセクハラメディアが勝手なことを書くだけで、世間は気にしちゃいないのだし、たとえレギュラー番組がゼロになっても、会社員だから毎月ちゃんと給料が振り込まれる。社内での評判や部内での優劣なんて、視聴者には関係ないよね。いったい何を悩むことがあったんだろう? ウジウジしないで思いっきり楽しく暮らせばよかった! と心底思いました。