「空気がちょっと変わってきた」という程度では変わらない社会を、変えるものとは


アツミ:ジェンダーの意識は「家庭内の性別役割」につながり、これによって支えられているのが「伝統的家族観」ですよね。

村瀬:日本の「伝統的家族観」は、男女の結婚で、家長である男が外で働き、女は家事をしながらそれを支える、というものです。

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アツミ:そういうこだわりは、裏を返せば「多様な家族のあり方」を否定するものだし、「家庭内の性別役割」から外れた家族を否定するものだと思うんです。20年くらい前から「待ったなし」「今が最後のチャンス」と言われながら、対策らしい対策がなされていない少子化問題は、如実にそれが出ていると思うんですよね。というのも日本では「(子供を産む前提としての男女の)結婚を推進するには」という話がほとんどじゃないですか。

村瀬:そのとおりですね。例えば出生率がV字回復したフランスなどはひとり親でも育てられるような手厚い支援があるし、事実婚でも同じ法的権利を受けられます。出生率が回復傾向にあるフランス、オランダ、北欧諸国では、従来の結婚システムを解体し、「当事者同士がよければ、その形でいい」「形式にはこだわらない」というところまで踏み出しています。

アツミ:フランスなどでは、まずは女性の社会的な権利と男女平等、仕事か出産かという選択を迫られない社会を作ったうえで、こうした支援が功を奏しているようですね

 

村瀬:日本もそういうふうにすれば変わっていくと思いますが、今のところあまり希望は持てません。

坂口:これだけ「待ったなし」といいながら、そうなってしまうのはすごく不思議です。どうしてなんでしょう?

村瀬:根っこにあるのは少子化問題ではなく、ちょっとややこしいですが、「結婚」兼「家族」兼「性のあり方」をめぐるイデオロギー問題なんですよね。そこをしっかりと見つめないとね。旧来のあり方や原則を変えまいとしているのが今の日本です。「男女の子育て負担の割合を変える」みたいなことをいくら言ったところで、改善はまったく遅々として進みません。

アツミ:でも欧米諸国だって、昔の映画とか見るときっちり男社会だし、日本と同じように「女性のセックス=はしたない!」「同性愛=病気!」みたいな感じは、日本以上に強かったはずですよね。なのにどうしてそこまで踏み出すことができたんでしょうか? 何が違うんでしょう?

村瀬:70年代以降の欧米に広まったジェンダー革命(女性解放運動)によって、社会が大きく変革したからです。日本の70年代=安保闘争ではそういうジェンダーの問題は進まなかったんですが、ヨーロッパでは「女性の人権」がスローガンのひとつになっていたんです。LGBTに関しても、キリスト教の国ではかつて「同性愛=法律上の犯罪」でしたから、そこにある差別は並みのエネルギーでは覆せなかった。そういう中で、フランスで1985年に差別禁止法が制定されています。そういう流れを主導したのも、女性や学生だったんです。日本も変わるためには法律を作るしかありません。「LGBTQ理解増進法」でなく「差別禁止法」でなければいけません。「世の中の空気がちょっと変わってきた」という程度では変わりません。

アツミ:法律が「偏見や差別はいけません」と決めれば、そこから新たな常識が作られていくと思うし、こういう時こそ政治が主導すべきだと思うんですが……。

村瀬:もちろんそうなんだけど、女性に関して言うならば、日本では非常に精力的に発信したり、頑張っている方もいらっしゃるのですが、女性の人権を求める女性からの生の声がまだ足りないよね。それに政治を主導する男性たちにそうした意識が極めて乏しい。

アツミ:やっぱりそうですか……。日本の女性は「性差別は頭に来るけど、声を上げても仕方ない」と飲み込んでしまう人が多いんですよね。

村瀬:日本の女性は「波風を立てるのはよくない」と思っているし、波風を立てると「わがまま」と言われがちで、それが辛いんだろうとは思う。

アツミ:性の観点から、何かできることはあると思いますか?

村瀬:私はね、女性も、ときには自分のセクシュアリティ、性的な悩みや不安や願望を、「私もこういうふうに生きてます」っていうふうに言葉にしていってほしいなと思うんです。その意味で、MeToo運動やフラワーデモなど、従来の闘いに風穴をあける歴史的な意味はありましたね。そんな意味を込めて、私も私自身のことを語るようにしているんだけど。

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アツミ:これまでの話に、今、さらにすごく納得が行きました。

村瀬:もちろん自分のセクシュアリティを語ることはなかなか難しいことだし、プライバシーだから「言うべきだ!」と迫るようなことはしません。でもそういう勇気が女性たちの、さらに広い意味での、男性を含めた性やジェンダーの解放につながると思っているんです。
 

第1回「「生理に無知で悪かった」50年前、新婚の妻に謝罪したことが原点に。性教育の「草分け」が教える学校教育の現状」>>

第2回「「性はよくない、けがれたもの」か?「拒否感」ではなく「安心」を育てるために不可欠な「性教育」3つのポイント」>>
 

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取材・文/渥美志保
構成/坂口彩(編集部)
 

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