あなたの家は、どこ?
「今思えばすでに怪しかったかもしれません。でも私は彼の話をすっかり信じていて、お母さんのことも心配で、無理はさせなくていいと思っていました。
そもそも、週の半分は時間も気にせずに一緒に過ごし、クリスマスやお正月もほとんど一緒、不自然に連絡がとれなくなるようなこともなく、いつもラブラブで、何かを疑うような余地はなかったんです」
母親のことは美咲さんも心配しながらも、2人の関係は良好で、しばらく経つと本格的に結婚の話が出るようになりました。そして、3ヵ月後の美咲さんの誕生日に入籍しようとなったそうです。驚くことに、和也さんはこのとき美咲さんの実家を訪問し、ご両親に挨拶も済ませています。
けれど、美咲さんは徐々に違和感を持つようになりました。
「2人で住む賃貸マンションなんかも一緒にネットで見るようになり、入籍日も決まったのに、なかなかお母さんを紹介してくれず、本当に大丈夫なのかな? と思っていました。彼は鬱は難しい病気だけど、お母さんと近所に住んで何とかうまく結婚生活を送れるようにしたいから任せて、みたいな感じで。
そんなとき、たまたま彼のお財布のSuicaの定期が目に入ったんです。そこに見慣れない駅名が記載されていました」
彼の家からはほど遠い、少し郊外の駅名。美咲さんは疑問に思いそれを口にすると、彼は何ともない様子で「昔住んでた家の駅名がそのまま載ってるだけだよ」と答えました。
美咲さんは「そうか」と軽く納得しましたが、その後何となく魔が差し、彼の目を盗んで運転免許証を確認。すると、なんと定期券の駅名に近い住所が載っていたのです。
「なぜか、その場で彼に直接聞くことができませんでした。何か事情があるか、面倒で変更していないだけだろうなんて思い……でも自分の中にだけ留めてはおけず、親友にだけは報告しました」
咄嗟に彼を問い詰めなかったという美咲さんの動きが、かえって彼女自身が非常事態の気配を感じ取っていたように思えます。無闇に真相に近づけば、ダメージを受けるのは彼女自身。それを無意識に避けようとした本能なのかもしれません。
けれど、友人は黙ってはいませんでした。
「彼女は、そんなの絶対おかしい。何かある。そもそも彼がタワマンに入っていくのはちゃんと見たことがあるのか? 結婚と言うけど、指輪は? 式は? と、色々痛いところを突かれ……。
ちなみに彼は一度離婚しているしお母さんのこともあるから、最初から色々決めすぎず、2人の気持ちを大事にして、入籍後に少しずつ考えようという話になっていました」
美咲さんが友人に報告したのも、もしかしたら心のどこかで客観的な意見を欲していたからでしょうか。彼女は美咲さんの言い分を真っ向から疑い「きちんと話し合うか、調べるかすべきだ」と強く主張したそう。
「私もたしかに少し怪しいとは思いつつ、でも毎週末一緒にいて、海外旅行も行き、さすがに既婚者のはずはないと信じていて……。
まあ、ちょっと現実逃避してたんです。だって、彼と別れることになったら……ぜんぶ振り出しに戻るんです。独り身になって、婚活をまたゼロからスタート、そしてまた同じくらい好きな人を探すなんて……考えただけで気が遠くなる。
友人の苦言から耳をそらして、彼と共有のGoogleカレンダーに入れた入籍日までを祈るようにカウントしていました」
しかし友人は和也さんを疑い続けました。
美咲さんは次第に彼女を疎ましくさえ思ったそうですが、痺れを切らした友人はなんと探偵に調査を依頼。美咲さんは「もう勝手にして」と、もはや投げやりな態度を取ったそうです。
「まさか友人が本気とは思わなかったんですが、ある晩、突然電話がきたんです。しかも彼が隣で寝ているときに」
ーー本当に気の毒だけど、私の勘が当たった。今から送る画像をとりあえず見て。
美咲さんが言われた通りスマホのデータを開くと、本物の和也さんの家だという玄関の画像が数枚表示されました。そこには小さな三輪車や砂場用のおもちゃが並んでおり、彼と同じ苗字の男の子の名前シールが3つ、丁寧に貼り付けられていました。
美咲さんは半ば放心状態のまま、一度寝ると絶対に朝まで起きない彼のスマホを取り、無理やりiPhoneの顔認証を突破。
ついにロックを開き現実に向き合うと、そこにはあまりに残酷な真実が詰まっていたのです。
来週公開の続きでは、婚約中だったはずの彼の驚愕の二重生活、そして美咲さんの逆襲についてお話いただきます。
写真/Shutterstock
取材・構成・文/山本理沙
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