彼女と私と彼の境界
「へえ~絵里ちゃんて社長の知り合いなんだ! 下から聖アントワーヌ女子大かあ、確かに気品があるよね」
「そんなことないですよ~聖アン内部生、けっこうはじけてますもん。将来は料理とかテーブルコーデ関連の仕事に就きたくて、父に頼んでこちらで夏のアルバイトを紹介してもらったんです。料理に関することでいくつかインターンシップ経験積めば、面接で話せるかなって。一応、2次面接までは通してもらえるツテはあるんですけど、どうなるか分からないです」
4階にある三つの編集部の合同で行われた飲み会の席で、主役は当然ニューフェースの絵里ちゃん。私ははじっこの窓際でビールを飲みながら夜風にあたりつつ、話をきいていた。
――絵里ちゃん、お嬢様かあ。確かに、自己肯定感高いし、なんでも揃ってるって感じ。
私は仕事中と打って変わってくるくると表情が変わる絵里ちゃんのピンクの艶リップをぼんやりとながめた。そんな名門校のお嬢様が、こんな私の下についていて申し訳ない。
――そういえば編集長はどこの学校を出てるんだろう? きいたことなかったな。まあ、うちみたいな小さな会社に5年前に転職してきたわけだし、それほどじゃないのかな。
そんな失礼なことを考えていたちょうどそのとき、オンラインの打ち合わせが長引いていた編集長が遅れてやってきた。8人掛けのテーブルの対角線に座る。ゆっくりと手を挙げてビールを頼んだ。相変わらずワイシャツの腕は几帳面にまくられている。
視界のはじっこに編集長がいると、急に心がいつものペースに戻れるから不思議だ。
「そういえば川上編集長、社長と同じ、高校から早稲田でしょう? 大手の人事に同級生いっぱいいるんじゃないですか? 絵里ちゃん行きたい会社、言ってみたら? 口きいてもらえるかもよ」
「何時代ですか。それに彼女はそんなことしなくても大丈夫」
編集長はあっさりと首を振ると、また淡々とビールを飲んでいる。
でも私は、自分でもびっくりするくらいダメージを受けていた。編集長が早稲田。しかも高校から。むしろ彼は恵まれた「絵里ちゃん側」の人間だったんだ……。同じ会社にいるからって、同類項に分類していたのが滑稽だ。
養護施設育ちで高卒という自分のバックグラウンドに、42歳にもなってまだがっかりする。
それだけじゃない。未来をいっぱい持っている、はじけそうに若い絵里ちゃんをみんながああだこうだと評することがたまらなく居心地が悪かった。対照的に自分には何もないことを突き付けられるから。
編集長がちらりとこちらを見たけれど、私は視線を合わせないように泳がせる。
その夜、私は珍しくお酒を飲み過ぎて、悪酔いした。
次回予告
不調は一向に良くならず、順調だったはずの仕事に大変な影響が出て……?
イラスト/Semo
編集/山本理沙
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