2017.12.12

希望という名の服――岸山沙代子「saqui」の世界

岸山沙代子の「saqui」初コレクションのコットンブラウスと黒のパンツ。パンツは皺にならない生地で、落ち感が何ともいえず美しいテーパードスタイル。パーティーからカジュアルまで、1本であらゆる場面に着ることができ、しかもウエストゴム。コットンブラウスは襟元のレースが大人の可憐さを表現します。真夏以外は着ることができる最強の組み合わせ。定番として通年、オーダーを受け付けています。

そのコートの写真を見たときの衝撃は、いまも忘れられません。

ちょうど去年の今ごろ、インスタグラムでたまたま見つけたそれは、オートクチュールかと思うほどの艶やかな素材。

コンサバでもモードでもなく、そのちょうど間の道を行く、つまり今もっとも欲しいと感じるキャメル色の1枚でした。

どう見積もっても10万円は超えるだろう…でも触れてみたい、見るだけでも…と思いましたが、どうやらブランド名はsaqui(サキ)ということくらいしかわからず、手掛かりがありませんでした。

それからしばらくした今年の夏、秋冬物の展示会があることを知り、表参道の小さな会場を訪ねました。

誰も知る人がいない展示会へ行くのは勇気がいります。でも、長年ファッションに関わってきた者として、興味を抑えることはできませんでした。
 

うそ! と叫んだ、それは奇跡の服作り

上のパンツと同じく、イタリアのファリエロサルティの上質なジョーゼットを使用したワンピース。体型を拾わず、皺にならず、シンプルでエレガントな永遠の一着。人気のため通年オーダーが可能に。

そこで出会ったsaquiの服たちは、まさに今、こういう服が着たい!と思っていたものばかりでした。

年々、欲しい服が見つからなくなっていました。デザインより素材が大事。でも、着脱が億劫で肩も痛いから着やすさも必要。パンツのウエストはゴムじゃなきゃ。でも、おばさんぽいゴムは抵抗がある。

安っぽくないこと、落ち着いたデザイン、可愛らしさのスパイスも欲しい。

年々頑固に、難しくなる服への要求。それをすべて満たしてくれるコートやワンピースが丁寧に並べられたさまは、大げさかもしれませんが、奇跡を見る思いでした。

そして、奇跡のひとつが価格でした。上質のアルパカのコートは、想像していた約半分の値段。パンツやブラウス、ワンピースに2万円台、3万円台があることも驚きでした。

それを実現可能にしているのは、卸をせず、展示会とオンラインストアのみの販売形態だからだそう。

それを伺い、感謝の気持ちが湧き起ってきました。
 

クチュリエールと呼びたい

星止めと呼ばれる手縫いステッチが入ったコートの襟ぐり。星止めは手間がかかり、最近では仕立服でしかあまり見ることがない。首の短い日本人を美しく見せるのはノーカラー、とこだわり、どの服も首がスッと細く伸びて小顔に見えるのが嬉しい特徴。

saquiは、オーナーの岸山沙代子さんが素材選びからデザイン、パターン、裁断、そして納品まで、たった一人で行なっています。

デザイナーでもあり、職人でもある、まさにクチュリエールと言えます。

岸山さんは大学在学中に、洋裁専門学校でファッションデザインを学び、卒業後は手芸関係の専門書を出版する会社に就職しました。

週末を利用して立体裁断の研究所に通いながら、編集者としてキャリアを積み、34歳の時にパリのパターンの学校に留学。

最終学年でインターンとしてオートクチュールのメゾン、クリストフ・ジョスと、その後、マルタン・グラントのアトリエにも在籍しました。

シンプルで知性的、洗練の極みにして可憐さのあるクリストフ・ジョスや、マントやジャケットなど味わいのあるテーラリングが得意のマルタン・グラントでの仕事は、いまのsaquiのデザインにも影響を及ぼしている、と岸山さんは語ります。

そして、37歳の時に帰国。3年後の今年5月にデビューしました。

コートの大きなパッチポケットは可愛いのみならず、腰回りをほっそりと見せてくれる効果も。ふわっとつけられているのは、手縫いだから。
2018春夏コレクションの白のコットンブラウスと落ち着いたイエローのギャザースカート。スカートは穿いた時の美しさを考え、バイヤスで裁断したギャザー部分を2枚合わせて作られている。
上のスカートの裏には、重さを出し、落ち感の美しさを加えるためにグログランリボンが留めつけられている。
同じく春夏コレクションのジャケット。上質のジッパーによって、開けて着た時、それがほどよいアクサセリーとなる。


ただ、着るひとを綺麗にみせることだけを

春夏コレクションで1点だけ創られたストラップドレス。ごく細い肩紐をできる限り外側につけることによって、首や肩、二の腕のラインが美しく見える。ノーブラで着られるようにと、しっかりした身頃、スカート部分は涼しくて透けない素材をたっぷりと。夏のリゾートにビーサンで着たい。上にTシャツやカーディガンを羽織れば都会でも。

岸山さんのこだわりの第一は素材です。世界のトップメゾンが採用しているサテンや、ジョーゼットなど、その着心地の良さは未体験のものでした。

服に包み込まれて、心地よさの中で身体が溶けていく――まさにそんな感覚なのです。

第二の奇跡は、だれでもその人なりの美しさが引き出される、ということ。その秘密を岸山さんは「1枚の服のなかでのバランスに徹底してこだわります」と語ります。

襟、ステッチ、ポケット、袖や丈はもちろん、素材との兼ね合いでバランスは決められていきます。すべての服が立体裁断で作られているから、それが可能なのです。

服が、デザイナーの個性を必要以上に主張しないところも、saquiの知性的なところです。

若い頃はともかく、もうそういう主張は煩わしいだけ。そんな着る側の気持ちがわかるのも、岸山さんが客観性を必要とされる編集者であったからかもしれません。
 

それは希望と言う名の服

人気の麻のワイドパンツはラクで涼しく、どんなトップスとも組み合わせが効く。通年オーダーできます。

展示会の帰り道、わたしは気持ちが高揚するのを感じないではいられませんでした。

いままで数限りなく素敵な服を見てきましたが、こんな高揚感は初めてでした。

なぜ、そんな気持ちを持つのだろう、と考えたとき、それは岸山さんの生き方にあると気づきました。

好きなことのために努力を惜しまず、黙って、時には人知れず泣きながら、全身全霊で学び、それをひけらかすことなく、自らの創造の土台とする。

好きなことを、身の丈に合ったやり方でビジネスとして実現し、ひとを幸せにする。

岸山さんのたっぷりと豊かな、そして確かな「好き」の喜びと、着る側の喜びとが響きあい、そこに第三のパワーが生まれる。

拡大志向の時代が終わり、これからはそんな生き方ができるのだ、と身を持って示してくれる岸山さんの服づくり。

それを手にするとき、人生の希望と可能性を感じないではいられません。

ひとりでなにもかも行うのは大変だけど、着手として作り手のあなたを守るよーーそんな気持ちになるのです。

オーナーの岸山沙代子さん。1977年、福井県生まれ。日本女子大学家政学部被服科在学中に、文化服装学院オープンカレッジで、卒業後、ドレスメーカー学院でファッションデザインを学ぶ。その後、ブティック社入社。週末に東京立体裁断研究所で学ぶ。世界文化社、集英社を経て、パリのパターン学校に留学。最終学年で、オートクチュールメゾンのクリストフ・ジョス、その後マルタン・グラントのアトリエでインターンとして学び、帰国。2017年5月、saquiを立ち上げる。2018年春夏コレクションは来年3月末ごろHPのオンラインストアにアップされる予定。展示会やその他の情報についてはインスタグラムに最新情報が随時掲載されます。