前編では、ふたりが出会った頃の思い出話に花が咲きました。今回は、ミモレを立ち上げた当初のことを振り返ります。新しいメディアにかけたふたりの共通の思いとは?

ある思いの共有が
ミモレのぶれない軸になる

大草 私は4年半で退社してフリーランスになって、それからコンタクトはとっていなかったよね。

大森 講談社で数回すれ違ったことはありますよ。

大草 そうそう! グラッツィアをやらせていただいていたときだね。そのときは挨拶程度で、ミモレを立ち上げることになって初めてちゃんと話して。立ち上げた当時、大森ちゃんは他の紙媒体と兼務していたのよね。大変だったでしょう。

大森 そうですね。デジタルは初めてでしたし、媒体が違うからコンセプトもまったく違う。右手で丸、左手で三角を同時に描いているような感じで。うまくできなくて、もどかしい思いをしました。

大草 私も、雑誌の立ち上げはやらせていただいたことがあるけどWebマガジンは初めて。だからこそ、大森ちゃんがいてくれたことはすごく大きかった。大森ちゃんの能力だけじゃなく、いろんな意味で“言わずともわかる”っていうのかな。実は、立ち上げ前に、大森ちゃんだけはメンバーに入れてほしいとお願いしたの。ファッションは流行に左右されたり、人と比べたりするものじゃなくて、ナンバーワンじゃなくていいんだよって。私がやりたかったミモレでのメッセージは、ヴァンテーヌから脈々と受け継がれてきたことだから。時間的にも、頭のベクトルのもち方も苦労したから、シェアできる言葉と共通の思いみたいなものがないと難しいと思ったの。

 

大森 ヴァンテーヌでは、アウトプットする前に、これを表現するのにどういうふうに落とし込むべきかという作業に、ものすごく時間をかけて考えましたものね。今思えば、あれはとても贅沢な時間で、良い思考のレッスンだったなと思います。当時は、本当に苦痛でしたけど(笑)。

大草 独特だったよね。言葉の選び方や伝え方が、決して上からものを投げるようなことでも、後ろから押すようなものでもなくて、ちょっと本当に少しだけ頭のいい近所のお姉さんを表現するっていう感じで。その距離感をミモレでどうしても出したかった。持っていないことを押し付けて、そこに危機感を持たせてものを買わせるのはすごく嫌だったし、バックグラウンドや後天的なこと、自分の背景にあるもので価値をはかるってことは、もう時代的に違うと思っていたの。

大森 それを大草さんから聞いたときに、「そう!そう!」って。私もずっと女性誌に携わりながら、どこか違和感を感じていた部分があったんです。それが決定的になったのが東日本大震災で。当時、「女の子は自由で、強くていい」っていうメッセージを発信していたグラマラスという女性誌を編集していました。時代に合っていて編集するのはとても楽しかったんですけど、一方で、マテリアルガールぶりを礼賛するムードがあった雑誌でした。そして、震災が起こり、一気に自分が何のために何をしているのか分からなくなってしまったんです。「本当の幸せ、本当の豊かさって何だろう」と問いかける時代に突入したことを感じたので。

大草 「ファッションってなんなんだろう」っていう疑問も生まれたよね。

大森 被災地の方々がファッションやメイクによって元気づけられたという記事を新聞で読んだこともあり、そういうパワーも絶対にあるとは思いました。けれど、自分が発信している情報への違和感はずっと感じていて、この感覚をないがしろにしたら、いつか間違いなく世間に置いてけぼりをくらうなってずっとザワザワしていました。

大草 私が初めてミモレのコンセプトを伝えたとき、絶対に否定はしなかったものね。今までの経験上、フリーランスの人間が声高に情緒的なことを言っても、理解してもらえないか、潰されてしまうことが多いの。今回に関してはそれが一切なかった。初めて、本当の意味で一緒に仕事をし始めてから、そういうことをきちんとシェアできる人だってことを感じたんだよね。大森ちゃんの心のひだの中にも私と同じような思いがあるって確認できたというのかな。仕事を通して、大森ちゃんのことがすごくわかったなって。もちろんプライベートではまた違った一面があると思うけど、本質的な部分は必ず仕事に表れると思うから。特に立ち上げのときって、コンセプチャルなメッセージみたいなところに共感しているかしていないかは、すぐに分かる。お仕事のなかで信頼している方はたくさんいるけど、大森ちゃんと対峙して、ひとりの人を知るという意味でも、とても面白い作業だったな。


編集部員が露出するということ。
その本当の意味

 

大草 ミモレは、講談社として署名原稿で社員を顔を出すっていう初めての媒体だったじゃない。大森ちゃんも最初はすごく嫌がっていたよね(笑)。

大森 ものすごく抵抗がありました。編集後記にちらっとでる程度ならまだしも、自分が大々的に登場して、自分の意見を直接的に発信するなんてありえないって。編集者は裏方という意識が強かったので、自分の立ち位置がわからなくなってしまうというんでしょうか。立ち上げ当初は、露出することでキラキラと輝いている大草さんを間近で見て、「大草さんがいちばん輝ける状態にもっていければ、この媒体はきっとうまくいく」って考えていました。だから、自分が出る必要性はまったく感じていなかったんですよ。でも、ミモレの「あなたはあなたのままでいい」というコンセプトを深く考えるようになって「ちょっと待てよ」と。大草さんだけが輝いて見えたり、大草さんを盲信しているだけのコンテンツを発信し続けたりしたら、そのコンセプトと真逆になってしまうじゃないかって急に気づいたんですよ。

大草 その通り。

大森 時同じくして、読者の方にお茶会で「編集スタッフの方の日常のコーディネイトが見たい」というお声もいただき、「時は来た」と(笑)。私が出ることに意味があるのだとすれば、まずは「大草さんと私は違います」と意思表示をすることだと思ったんです。

大草 それに読者の皆さんが共感してくださったんだと思う。ステレオタイプのファッションピープルにならなくていいんだって。今、ミモレの編集部員はもちろん、関わってくださるすべての方が輝いているじゃない。みんな自分のいちばん得意なところを活かしていこう、自分が語れることを語っていこうって、思ってくれている。プライオリティも価値観も個々に違っていて、生き方も向いている先も違っていて、でもみんなすごく素敵なんだってことを実践できる場になっている。そこはすごくいいことだと思う。

大森 同時に、そこが今後の課題になってくると思っています。今回の編集長交代もそうだけれど、編集部員にも、もちろん私にも部署異動がある。誰か固有な人の価値観に頼ってしまうことはすごく危険なことだな、と。

大草 常に水が流れるように変わっていくことはWebにすごくマッチすることだけど、ミモレの新しい像に常に読者が共感できることが大事。誰が運営してもそこにブレがないように。今、ミモレはセカンドステージのスタートラインに立っているんだと思う。
 

大草編集長が掲げたメッセージを大森がどう受け継いで表現していくのか。次回は、今後のミモレについて語ります。

後編は、6月22日(金)公開予定。お楽しみに!

前編はこちら>>

撮影/目黒智子 取材・文/榎本洋子