光野桃「美の眼、日々の眼」

2017.2.14

秘密の香り

フレグランスで芸術と学術の小宇宙を表現したかったという調香師、ジュリアン・ベデルによる南米パタゴニア発のブランド、フエギア1833。シンプルなボトルや古地図にくるまれて木箱に入ったパッケージも夢を掻き立てられる。手作業による少量生産の香りは、それぞれに物語があり、とてもエキゾチック。ブティックは六本木ヒルズ、グランドハイアット東京内に。香りが広がらず、親密な相手だけに伝わるフレグランスオイルは、バッグにしのばせておきたい

フエギア1833というパフューム・ブランドに、香りのプロファイリングをしてもらいに行ってきました。

さまざまな質問から、そのひとのもっとも好みの香りを探し出す、というものです。

フエギアは南米パタゴニア発のフレグランスで、昨年、日本にやってきました。香りもエキゾチックながら、ひとつひとつのネーミングがとても素敵です。

たとえば、アルゼンチンを代表する詩人ボルヘスをイメージしたコレクションには「バベルの図書館」や、煙草の煙で燻された古い木造の店「ブルべリア」といった名前が。

調香師であるジュリアン・ベデルさんの心の赴くままに、文学や音楽、動物、偉人、自然などから喚起された詩的イメージが散りばめられて、とても興味を惹かれます。

そもそも香りは、いい匂いを与えてくれるだけでなく、その香りの持つ世界観に浸る喜びがあると思うのですが、そんな気持ちを満たしてくれるものには、今までなかなか巡り会えませんでした。

予約した当日、ブティックを訪ねると、ストアマネージャーの春薗美樹さんがカルテのような質問表を抱えて横に立ち、プロファイリングが始まりました。

好きな食べ物や色といった質問から、しばらくすると好きな季節や時間帯、感触などを訊かれ、自問自答しないとすぐには答えられなくなってきます。それがとても面白い。

ひと通り質問が終わると、次は春薗さんが選んで渡してくれるムエットを次々嗅いでいき、もっとも好きなものだけを残していきます。

似ているようでも微妙に違う香り。一瞬、好きと思っても、すぐ飽きてしまう香り。

気まぐれで、奥が深く、まるで優しさとわかりにくさの両方を備えた美少年のよう。掴もうとすると、するりと身体をかわされてしまいます。

30分ほどもテイスティングしたでしょうか。最後に残った香りを確認して、決めました。

プロファイリングによって選び出されたわたしの香り、それは「動物たちの在り方から人間の秘められた心を紐解くコレクション」のなかの「フエムル」。アンデスの森を駆け抜け、恋をするゲルマ鹿の香りでした。

今までずっと好んでいたアンバー系でもなく、春薗さんがわたしの第一印象から思っていたフローラル系でもなく、ムスクとジャスミンの、透明な春の甘い雨のような、静謐で官能的な初めての香りを心底好きになりました。

この香りをピックアップした理由を春薗さんに伺ってみると、「寒い季節が好きなのに、カシミアの感触を好まれたり、朝型の暮らしをしているのに好きな時間帯は薄暮の青い夕刻、というように、ミツノさんは相反する嗜好をお持ちなんですよね。そこから分析して選んでいきました」

なるほどー、気がつかなかった。相反するものが好きだったとは。

知っているようで知らなかった自分の好み。

それをピタリと当てられて、まるで心の奥深くにあるものを香りという形にして取り出して見せてもらったような、不思議な感覚を覚えました。

香りはごくパーソナルなもの。でも、つい人気で選んだり、ボトルが可愛いから、友だちと同じだから、彼が好むから、と香り自体の好みとは違う理由で選びがちです。

そんな選び方も悪くはないのですが、ひとつだけ、深層心理から立ち現われた香りを持っていると、心の支えになるかもしれません。それは誰も知らない、自分だけの秘密なのですから。