「“よーいスタート!”でカメラが回りだすと、知らない時間に出会いに行く、まだ見ぬ世界を見に行く、みたいな感じは毎回あるんですよ」と、映画撮影の現場を語る俳優・池松壮亮さん。その最新作『斬、』では、幕末ののどかな農村で起きたある騒動の顛末を描いてゆきます。池松さんが演じるのは、誰にも負けない剣の腕を持ちながら、どうしても人を斬ることができない武士。塚本晋也監督が池松さんのために作ったそのキャラクターには、自身が社会に感じてきた様々な思いが描かれていたといいます。そこには、自身が映画に関わることの意味に直結した、熱い思いがあるようです。
「人を斬れない武士」役で吐き出した、社会に対して感じてきたこと
日本映画界きっての鬼才、塚本晋也監督の最新作『斬、』に出演の池松さん。演じる杢之進は幕末に生きる剣士で、スクリーンの中の池松さんは、いつも以上にストイックで、身体もずいぶん絞られているような印象です。
「分かりやすい役を演じることがあまり多くないせいか、外見から役を作り込むという作業をしたことがないんです。最近は役を作る過程が注目されすぎるところがあり、“体重を**kg減らした”と言うとそれを宣伝文句にされてしまうので、増やしたい時も減らしたい時も、絶対体重計に乗らない、数字で出さないってことにしていて(笑)。今回の役を演じるにあたっては、痩せようとは思っていたわけではありませんが、精神や肉体を研ぎ澄ませていく必要はあったように思います。殺陣の稽古にもそれなりに時間をかけましたし、その過程を経てそうなっていったという感じでしょうか」
映画は幕末の農村で起こったある騒動の顛末を描いています。脱藩してその村に流れついた杢之進は、農家の手伝いをしながら平穏な日々を送っていますが、一方では、時が来れば緊張高まる江戸へ向かわねばならないとも考えています。
この役は、かねてから「池松さんで時代劇を撮りたい!」と考えていた塚本晋也監督が、池松さんのために書き下ろした、いわゆる宛て書き。脚本を読んだ池松さんは、「“この役は自分にしかできない”と確信しためったにない出会い」だと感じたそうです。
「これまでの出演映画を思い返してみても、自分の思いとかけ離れたものには出演していないんです。選ぶのはたいてい、自分が普段から感じていることを吐き出すような作品。この役を“自分にしかできない”と思った理由もそこで、具体的に言うのはすごく難しいんですが、ここ10年くらい自分が社会について感じ続けてきたこと、自分が社会に発信していくべきことと、リンクした役だったというか」
「やった」「やりかえした」のその先で、何が始まるのか
池松さんが「この10年考えてきたこと」って、どんなことなのでしょうか。その答えは「杢之進」というキャラクターから見えてくるのかもしれません。彼が暮らす農村に、ある時澤村と名乗る凄腕の剣士が現れ、「ともに江戸へ」と杢之進を誘います。ところが。意を決していよいよ旅立つというその日の朝、杢之進は謎の体調不良で倒れてしまいます。
「杢之進が武士として江戸を目指そうと思うのは、あの時代一般の危機感からだったと思うんです。でもいざという時に身体が拒否反応を起こし、それをきっかけに“人を斬ること”に疑問を持ち始めた彼は、刀を抜くことができなくなる。『斬、』というタイトルには「、(てん)」がついているのですが、要するに、人が刀で誰かを斬り、やったやり返したが始まったその先で何が始まるのか。彼にはそれを見通す力があり、こういう風になったんだと思います。一般的な社会ではなかなか理解されない存在なのでしょうが、同じようなことはいろんなところで起きているんじゃないかと思うんです」
とても印象的なのは、出立の前夜。倒れる前の杢之進が、刀の手入れをして、武術の「型」を稽古する場面です。薄闇の中、杢之進によって何度も抜かれては鞘に納められる刀を見ていると、なんだか妙に恐ろしくなってくるのです。
「映画で使ったのはもちろん偽物で、僕自身は本物の刀を扱ったことはありません。でも「刀」というテーマと向き合う中で、刀が持つ“人を殺める力と狂気”と“そこに潜む色気や美しさ”というものに関してはずっと考えてきたし、この映画もその点を強くはらんでいるなあと思います。あの場面はこの映画で最も象徴的ですよね。殺陣師の方は誰が見ても美しいと思える「型」を用意してくださったのですが、塚本さんが「抜刀」――刀を抜いて、鞘に納めることのみにこだわりたいと。すごく面白いなと思いましたね。刀の美しさに関する映画ではなく、刀を抜くことと刀を納めることに関する映画ですから」
演じる喜び以上に、どんな作品に関わるかを大事にしたい
「長いこと仕事をやっていると、ただ演じることのみが喜びではなくなってくる」と語る池松さん。だからこそ大事にしたいのは、どういった作品に関わるか。池松さんのそうした思いに『斬、』が合致したのは、ほぼ一貫してインディーズで映画を作り続ける塚本晋也監督の存在も大きかったようです。
「ささいなことですが、現場でお昼のお弁当が出てきた時に、“これも塚本さんのお財布から出てるんだなあ”なんて思ったんですよね(笑)。プロの世界の映画作りには出資者がいるのが通常ですが、塚本さんの場合は大学生の自主制作と同じで、自分でお金を出して、脚本、編集、撮影、出演も全部自分でやっている。商業的な世界につきものの建前とかシステムみたいなものを排した、“モノづくり”だけを考えた現場です。そうまでして映画を作っている人が、特に今の日本の映画界にどれだけいるのか――そう思うと、表現の重みが全然違ってくる。自分の表現をそこまで貫ける人には、そうそう出会えないと思います。本当に貴重な経験でした」
この作品で参加したヴェネチア映画祭では、現地の塚本ファンからの熱烈な歓迎を受け、また映画に対する観客の真摯な姿勢に身が引き締まる思いがしたそうです。「そこに陶酔するつもりもないし、日本でもそうあるべきだとも思わない」と前置きしながらも、だからこそ「ちゃんとした作品を出していくことが映画に関わる人間の責任」だと、池松さんは考えています。
「一向に明るい未来が来そうにない今の時代に、塚本さんが“暴力の始まり”を描く作品を撮ったことは、とても意味のあることかなと思います。僕自身、何が正しいのか答えは出ていません。でもやっぱり自分が関わる作品に関しては、何をどう聞かれてもいいよう、根拠をもって臨んできたつもりです。この作品に関しても時代の変わり目に残していかなければいけない映画だと強く自信を持っていますし、自分の20代最後の代表作になったと思っています」
<映画紹介>
『斬、』
『野火』の塚本晋也監督が初めて時代劇に挑んだ完全オリジナル作品。鎖国か開国かで揺れ動く江戸時代末期を舞台に、時代に翻弄される浪人と周辺の人々を通じて、生と死の問題に迫る。主人公の浪人役を池松壮亮、隣人である農家の娘を蒼井優が演じる。『第75回ヴェネチア国際映画祭』コンペティション部門・出品作品。
11月24日(土)ユーロスペースほか全国公開
監督、脚本、撮影、編集、製作:塚本晋也
出演:池松壮亮、蒼井優、中村達也、前田隆成、塚本晋也
2018年/日本/80分/アメリカンビスタ/5.1ch/カラー 製作:海獣シアター/配給:新日本映画社
©SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
ヘア&メイク/FUJIU JIMI
取材・文/渥美志保
撮影・構成/川端里恵(編集部)
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