皆さん、こんにちは。梅津奏です。

先日誕生日を迎えまして、34歳になりました。

 

例年、「もう●歳か~」と思うのですが、今年は少し違う心持ちです。昨年春に〔ミモレ編集室〕に参加して以来、私にしては波乱万丈な一年間だったので、それなりに年月の重みを感じられているからかもしれません。


誕生日の前後というのは、自分の来し方行く末について色々思いを巡らしてしまう時期ですよね。今の自分の年頃って、人生のどんな季節なんだろう?どんなものを勝ち取れる可能性があって、何を諦めないといけないんだろう。

今日は、私のブログに何度も登場している小説家お二人の、「34歳だったとき」について調べてみました。いつもと趣向がちょっと違いますが、どうぞ♪


■村上春樹さん

1949年1月12日生まれ、現在72歳の村上春樹さん。
1979年、「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。1987年発表の「ノルウェイの森」がベストセラーに。最新作は2020年7月発売の短編集、「一人称単数」

私、ハルキストです。とかいって、ハルキストの定義はよく分かっていないのですが、多分、出版されている全著作を読んでいると思う。高校時代に、学校の図書館で全集を順番に読んでファンになりました。一番好きなのは「ダンス・ダンス・ダンス」。エッセイも旅行記も好きです。


小説家デビューしたとき、村上さんは国分寺で「ピーター・キャッツ」というジャズ喫茶・バーを経営していました。デビュー後しばらくは、お店の経営のかたわら、夜に執筆活動をするという生活を送っていたそうです。

村上さんが34歳だったときには、既にお店を手放し専業作家になっていました。

 

●1982年(32歳)
「ピーター・キャッツ」の権利を譲渡し、専業作家に。
「羊をめぐる冒険」執筆。
●1982年(33歳)
「羊をめぐる冒険」(長編小説)発表。
●1983年(34歳)
「中国行きのスロウ・ボート」(短篇集)発表。
「カンガルー日和」(短篇集)発表。
●1984年(35歳)
「蛍/納屋を焼く/その他の短編」(短篇集)発表。
●1985年(36歳)
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」(長編小説)発表

 

 

「自分にはもっと大柄な作品が書けるはずだ」という思いもあった。そして熟考の末に、店をひとまずたたんで、一定期間小説の執筆に専念することにした。その時点では、小説家としての収入よりは店からの収入の方が大きかったわけだったが、そのへんは思い切ってあきらめるしかない。

この小説を書き上げたとき、自分なりの小説スタイルを作りあげることができたという手応えがあった。(中略)自分の中にまだ手つかずの鉱脈のようなものが眠っているという感触を得たし、「これなら、この先も小説家としてやっていけるだろう」という見通しも生まれた。


「走ることについて語るときに僕の語ること」の中で、村上さんは「羊をめぐる冒険」についてこう書いています。34歳だった村上さんは、この感触と見通しを携えて、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を執筆していたのかな。

 

恩田陸さんの新作「薔薇の中の蛇」おまけのポストカードと、村上春樹さんとユニクロコラボのシールを貼ったkindle。


 

■恩田陸さん

1964年10月25日生まれ、現在56歳の恩田陸さん。
1991年に「六番目の小夜子」が日本ファンタジーノベル大賞最終候補作となり、1992年に刊行。2004年に発表された「夜のピクニック」が本屋大賞受賞、2016年発表の「蜜蜂と遠雷」で直木賞受賞。

「ファンタジー・ミステリー・エンタテイメント」性の高さが特色ですが、怖いほどに鋭い人物描写が両立しているというところが、恩田陸作品のすごみだと思います。一番好きなのは「黒と茶の幻想」


恩田さんは大学卒業後保険会社に就職。転職も挟みながらしばらくは会社員と小説家の二足のわらじ生活を送っていましたが、1997年、33歳のときに専業作家に。

 

●1997年(33歳)
勤務していた会社を退職し、専業作家に。
「三月は深き紅の淵を」(連作小説集)発表。
「光の帝国 常野物語」(連作小説集)発表。
●1998年(34歳)
「象と耳鳴り」収録小説の一部、「木曜組曲」を文芸誌に連載。
●1999年(35歳)
「象と耳鳴り」(短編小説集)発表。
「木曜組曲」(長編小説)発表。


34歳だった恩田さんは、専業作家一年目。


ついにサラリーマン生活との兼業生活から専業作家になる時、出版各社の編集者に、「こういうプロットがあるので、どこかの媒体で書かせてもらえないでしょうか」という、十本の小説の粗筋を書いたレジュメを配らせてもらったのですが、その中の一本がこれだったのです。


これは、「小説以外」の中で、「夜のピクニック」の執筆のきっかけについて語っている箇所の抜粋です。

「独立して、腕一本でやっていくぞ」と気合十分の恩田さん。沢山仕込んでいた種の一つが数年後に花開いて、本屋大賞受賞作になったのですね。(しばらくは多忙過ぎて手を付けられず、プロットを受け取っていた新潮社の担当者に「そろそろ書かなきゃ」と言われてようやく書き始めたそうです)

「夜のピクニック」は、私が恩田陸さんの作品を好きになったきっかけの本だったので、なんだか感慨深くなりました。

 

こんな感じでしょうか。


原田マハさんも紹介しようと思ったのに、字数オーバーです。ちなみに34歳の原田さんは、小説家デビュー前。森ビル株式会社にて森美術館設立準備室に所属し、森社長夫妻と世界中の美術館を視察して回っていた時期(そして学士編入した早稲田の二文を卒業した年)です。

さて、このブログを読んでくださっている皆さんが34歳だったときは、どんなことに夢中で、何に悩んでいましたか。誕生日プレゼント代わりに(?)、教えていただけたら嬉しいです♪

 

誕生日プレゼント第一号は、職場の後輩から。「読書とブログ書きのお供にしてください♪」という一言と共に、コーヒーとチョコレートをもらいました。ありがとう~(涙)
 
地元仙台の友人からは、誕生日当日必着で荷物が。品目に「置物」と書かれた箱を開けると……。高校時代、局地的にブームだった豆腐くんが。会社のデスクに置いておこうかしら(笑)

 

誕生日当日、日付が変わった瞬間の手許状況イメージ図。〔ミモレ編集室〕でのワクワクの企画に向け、絶賛準備中です。